2006年4月29日 (土)

ぼくのミステリな日常

更新が滞ってしまい、申し訳ありません。

文章倶楽部は1ヶ月半に一回のペースで続いておりまして、フランスに行かれたFご夫妻のあとに、朝日カルチャーセンター時代の1期生の方がお二人、再参加され、彩り豊かな作品が提出されるようになりました。

いずれ、ここでご紹介できると思います。

まずは、いつものように大洗さんの書評をアップします。

「Oarai.3pdf.pdf」をダウンロード

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2005年12月 5日 (月)

夜の物理学

手前味噌(?)で申し訳ないが、マル太さんによる「よるぶつ」の書談です。
マル太さんは、ペンネームに合わず、精神科医で生理学で博士号をもっている傑人です。

書談 道草マル太
竹内薫著『夜の物理学』
インデックス・コミュニケーションズ 2005年3月15日 (定価1500円+税)

 書名が注意をひく。「物理学」に「夜」がマッチしない。だから、
(おや?)
 と思う。
 例えば、「夜の婦人科学」ならわかる。「夜の泌尿器科学」もわかる。
(――けど、「夜の物理学」って、いったい何なんだ?)
 と思わず訝(いぶか)ってしまう。

「ナイトサイエンス」という言葉があるそうだ。直訳は「夜の科学」である。直感や霊感に基づくサイエンスを指す。
 サイエンスは一般に論理と実証とに基づく。仮説を立て、実験を行い、仮説の妥当性を論理的に判断し、その判断を基に、何らかの新しい知見を導く。
 これを「デイサイエンス(昼の科学)」と呼ぶならば、ナイトサイエンスは、その裏面にあたる。

 本書は物理学をナイトサイエンスの視点で切り取った。
 論理では割り切れない物理学の人間模様がユーモアたっぷりに描かれている。

 サイエンスに直感や霊感はなじまない。
「科学的に考えろ」などという。「直感や霊感に頼らず、実証に基づき論理的に考えろ」という意味である。

 が、論理や実証ばかりがサイエンスではない。それ以前の段階では科学も閃きに溢れている。閃きは、しばしば人の知性の裏面を映す。
 サイエンスの現場では自明のことである。
 が、一般には、あまり実感されていない。

 当然だろう。
 科学書の多くは科学者が書いている。彼らが自分の知性の裏面に触れたがらないのは自然なことである。そうしたものは大抵、ドロドロしているからだ。

 著者は科学者ではない。サイエンスライターである。
 それゆえに現代物理学をナイトサイエンスの視点で語られる。

 巷間、

 ――優れたサイエンスライターは多くない。

 と、いわれる。
 たしかに、そう思う。ナイトサイエンスまでキッチリと描ける人は多くない。

 著者はキッチリと描いている。
(約780字)

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虚無への供物

これもまた必読書。

「Oarai2.pdf」をダウンロード

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邪馬台国はどこですか

pdfファイルでアップします。
大洗さんの書評は、厳選ミステリーで、とても参考になります。
こらから読んでみよう、という人にオススメ。

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2005年10月 4日 (火)

『夏のロケット』(書評)

『夏のロケット』川端裕人

大洗藍司

 海渡英祐という作家がミステリー講座で〈ミステリー〉の定義を聞かれたときの答。「謎、サスペンス、意外性。この内の一要素以上あること」。これほど簡潔で的を得た定義を私は知らない。

 さて本書は、サントリーミステリー大賞優秀作品賞を受賞している。主人公の青年新聞記者は、過激派アジトの写真の中に、高校時代の天文部ロケット班で造った部品を見つける。いったい誰が何故? でも、彼が探り始めるとすぐに旧ロケット班メンバーに行き着いてしまい、謎と言うものではない。その後も、謎など無いなぁ。

 その班は同級生四人組だったが、今また主人公を除く三人が密かに集まり、再びロケットを飛ばそうとしていた。主人公も仲間に加わり、会社そっちのけでロケット製作に打ち込む。素人が造るロケット、造る技術はあるのか、本当に飛ばせるのか、ハラハラ、ドキドキ。でもそれは、サスペンスではなくてスリルだろう。

 高校時代は打ち上げ全てに失敗したが、果たして今回は飛ぶのか、失敗に終わるのか。 実際どちらになるかは読んでのお楽しみだが、成功するにしろ失敗するにしろ予想の範疇(はんちゅう)で、意外性には乏しい。

 あれま、謎もサスペンスも意外性もない。何でこれがミステリーなんだ?


 でもミステリー色は薄とも、青春小説としては逸品だろう。運良く(あるいは都合良く)金はあるものの、素人が、満足な設備も環境もないのにロケットを飛ばそうと企画する。夢は熱い。それは、高校時代からの夢の続きでもあり、人生の夢でもある。


 そしてまた本書には、ロケット開発は素人の開発と関連が深いこと、ロケットとミサイルの違いは何かなど、ロケットに関する蘊蓄(うんちく)も満載。

 つくづく宇宙とは浪漫をかき立てるものだなぁと納得した次第。青春小説に興味のある方、宇宙小説に関心のある方にお薦めしたい一冊である。

〈出版〉文春文庫
〈本文文字数〉七六八字

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2005年9月25日 (日)

『ドグラ・マグラ』(書評)

『ドグラ・マグラ』夢野久作

大洗藍司

『虚無への供物』と同様、三大奇書とも日本三大ミステリとも呼ばれる小説である。だが、本当に薦めてよいかは悩むところ。本書は好き嫌いが大きく分かれるだろう。
 あるオンライン書店の書評では、『虚無への供物』はほとんどの人が満点を入れていたのに対して、こちらに満点を入れた人は半数以下。また別のオンライン書店では、「文章が読みにくい」と「雰囲気がある」、「何を言いたいのか判らない」「不快感を感じる」と「奇書という言葉はこの小説のためにある」「初めて味わう読後の余韻にただただ脱帽」と評価は真っ二つ。これほど極端に意見が分かれる小説も珍しい。
 ある青年が目覚めるところから物語は始まる。ここは何処か、自分は誰か、全く思い出せない。そして、なぜ自分が監禁されているのかも。こうして話は進んでゆくのだが、それが一貫性があるようなないような、よくわからない方向に進んでゆく。読み終えたあとも、さっぱり訳がわからない。わからないことが心地よいという、希有な小説である。
 気違いによる気違いの書である。大雑把な表現と繊細な描写のアンバランスさが、主人公が狂人である様にリアルさを与えているだけでなく、作者も狂人でなければ書けないだろうと思わせる迫力がある。著者自身「この作品を書くために生まれてきた」と語るとおり、独特の熱気と狂気に包まれている。
 日本のミステリーを一冊挙げろと言われたら、かなり悩みながらも、結局は本書を選ぶだろう。筆名も本書の気違い青年から取ろうと思っていた(青年の名前が見あたらず諦めた)くらい、私はこの小説を気に入っている。
 万人にお薦めはできないけれど、読後自分が気違いになったような気分に浸りたい方には是非お薦めしたい(そんな人いないか?)。ただ『虚無への供物』のように読み易い訳ではなく、一気に読まないとそれこそ訳わからなくなるので、覚悟を決めて読み始めてください。

〈出版〉角川文庫
〈本文文字数〉八〇〇字

追伸
読み終えた人は気が触れるという噂があるそうですので、お気をつけて。

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2005年9月14日 (水)

『放浪処女事件』(書評)

『放浪処女事件』E・S・ガードナー

大洗藍司

 ご存じ、ペリー・メイスンものである。
 ベロニカという、田舎から出てきた無邪気で可愛い若い女性。彼女が浮浪者として逮捕される。彼女にぞっこんになった この小説では男性たるものほとんどが彼女の純真、無垢、素直という魅力にほだされる デパート経営者アディスンは、メイスンに保釈と解決を依頼する。メイスンとの接見で彼女は「ホテルから散歩しただけ」。調書には客引きしていたように見えたとある。どちらが本当か? メイスンは警官に提訴を取り下げさせる一方で、アディスンに言う。「彼女は迂闊者か、それともまた、自分からわざと逮捕されようとしたのか、そのどちらかです」
 彼女との関係を「車に乗せただけ」と言い張るアディスンは、メイスンの言葉を信用しない。だが案の定、ハンセルというゴシップ屋から彼女のことで強請(ゆす)られる。助けを求められたメイスンは、偽造手形でゴシップ恐喝屋をやり込める。が、偽造詐欺が警察にばれて、逆にメイスン自身が窮地に追い込まれる。
 一方、犬猿の仲だったデパートの共同経営者が射殺され、容疑がアディスンにかかる。
 処女のように無垢なベロニカと浮浪容疑逮捕、ゴシップ屋ハンセルの強請、デパート共同経営者の殺害事件、これらがどう絡むのか? 依頼主アディスンをメイスンは救えるのか? そもそもメイスン自身、自らの偽造手形詐欺容疑から脱せられるのか?
 特に裁判シーンが秀逸。ガードナーは作品数が多くて私は数冊しか読んでいないが、その数冊の裁判シーンの中では本書が最も良くできている。それに、恐喝屋をやり込める方法も痛快だし、最後のどんでん返しも、ちょっとあざとい気もするが、見事と言っていい。
 なお、私の高校時代の友人は、A・A・フェア名義『屠所の羊』を薦めていた。これも秀作。

〈出版〉ハヤカワミステリ文庫
〈本文文字数〉七三八字

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2005年9月11日 (日)

漱石と倫敦ミイラ殺人事件(書評)

『漱石と倫敦ミイラ殺人事件』島田荘司

大洗藍司

 夏目漱石は倫敦(ロンドン)留学中、背が低いことにコンプレックスを持ったり、ホームシックにかかったりしたのは有名な話。漱石の留学とはいつ頃か。シャーロック・ホームズが活躍していた時代である。
 本書は、漱石がホームズに依頼をしてから倫敦を離れるまでを、事件を中心に綴(つづ)った物語である。倫敦の下宿屋で夜中に物音が聞こえ、漱石は怯えて引っ越しをする。が、しばらくしたら、幽霊の物音も引っ越ししてきた。困った漱石は、師と仰ぐシェイクスピア学者に相談する。「ちょっと頭がおかしい男なんだが、今は退院しているので、帰りがけに寄って相談してみが良かろう」「凶暴なところがあるのですか?」「普段はそんなことはない。ただ、気が向くと女装して歩いたり、部屋で拳銃を撃ったり、走っている辻馬車の後ろにやたらに飛び乗ったりするもんだから、近所の連中が無理矢理入院させたんだ」「そんなんで大丈夫なんですか」「付き添っている医者がなかなかの切れ者らしいからね」
 そこで漱石は怖々(こわごわ)ホームズを訪ねるのだが、その出会いが、また強烈! それは読んでのお楽しみとして、幽霊の件はすぐに解決する。だが寒い部屋の中でミイラ化した青年の事件に巻き込まれ、漱石はホームズ達の捜査に協力する。
 本書の語り手は、漱石とワトソン。交互に書き綴(つづ)ってゆくが、それぞれの視点がまた面白い。
 ただ、シャーロキアンを自認される方は、血圧が上がるだろうから、読むのを控えた方が良いかもしれない。なにしろ、ホームズの気違いぶりがハンパでない。けど、どれも理にかなっているので、大笑い。
 この作者、実は自身が大変なシャーロキアンだそうで、だからこそボロクソに書いても許されるのだろう。島田荘司がさほど好きでないからかもしれないが、私は、『占星術殺人事件』や『斜め屋敷の犯罪』よりも本書をベストに挙げる。

〈出版〉集英社文庫、光文社文庫
〈本文文字数〉七五五字

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2005年9月 8日 (木)

魔術師(書評)

『魔術師』江戸川乱歩

大洗藍司

 日本ミステリー界の偉人を一人挙げるとすれば、何と言っても江戸川乱歩だろう。小説家としてだけでなく、海外ミステリの紹介や、江戸川乱歩賞の創設など、多大な功績を残している。特に乱歩賞に関しては、私は、日本ミステリの原動力になったと理解している。
 私は数年前、久方ぶり 子供の頃の怪人二十面相・少年探偵団のシリーズ以来だろうに『二銭銅貨』『人間椅子』(どちらも傑作!)などの短編を読み、改めて乱歩の面白さを知った。
 だが本作は、それらの短編とは明らかに雰囲気が違う。乱歩の初期の短編が本格や怪奇の傾向が強いのに対して、本作はいわゆる大衆小説であり、少年探偵団シリーズに共通する楽しさや明るさがある。

 蜘蛛男事件を解決した探偵明智小五郎は、休養中の湖畔で美女玉村妙子と懇意になる。一方東京では、実業家福田徳二郎(彼女の叔父)のもとへ、数字が書かれた紙が届く。誰も入れないはずの部屋へ、毎日数字が減りながら届けられる。妙子の要請により福田家の事件に乗り出した矢先、明智は賊に誘拐されてしまう。そして福田家で惨殺事件が起こり、更に事件は宝石富豪玉村家にも及んでいく。明智探偵の命運は、玉村家の人たちの恐怖は、如何に!

 この小説を読むと、読者を楽しませようとする心意気はこういうものかと感嘆する。探偵活劇という言葉はないだろうが、そう呼びたくなる活劇小説である。特に、弁士調とでも言うのだろうか、独特の言い回しが心地よい。
 ついでに言うと『吸血鬼』は、裸体像彫刻を壊すと全裸の女性遺体が出てきたり、唇がなく歯剥き出しの男が登場したりと、サービス満点の傑作である。小林少年も初登場。そして吸血鬼事件のあと、明智は魔術師事件で知り合った女性と結婚する。ちなみに光文社文庫版には、『魔術師』と『吸血鬼』が併録されている。

〈出版〉春陽堂文庫、創元推理文庫、ポプラ社文庫『少年探偵12 』、光文社文庫『江戸川乱歩全集6』、他
〈本文文字数〉七五四字

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