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2005年10月 1日 (土)

ノーと言わせてくれ(最終回)

「ブー、ブー、ブーッツ!」けたたましいブザー音と共に武田の入っているカプセルが開いた。
武田はどこかの大草原で寝ているような感覚で目が覚めた。しかし次の瞬間、突然激しい頭痛と吐き気が武田をおそった。それから何時間も武田はかつて経験したことのないような激しい頭痛と吐き気に襲われ続けた。ようやく意識が回復してきた武田の脳裏に「目覚めは快適なもんですよ。」という言葉が浮かんできた。
「何が快適なもんですよだ!最悪じゃないか。」
武田は自分の考えで行動が起こせるようになるまでさらに1日費やした。このとき武田はなぜ他の宇宙飛行士たちが辞退していったのかが理解できた。
ようやく歩けるようになって、自分の状況を確認できるようになった。
「今はどこなんだろう、予定では目覚めたときには木星の目前にいる筈だが。」
武田はコンピュータに向かって質問をした。
「コンピュータ今の位置を教えてくれ。」
「現在白鳥座のあたりにいます。」
「なんだって!何かの間違いだろ。」
「いえ間違いありません。光速飛行テストのとき巨大な隕石に衝突しそうになりそれを回避するために大きく起動がそれてしまいました。その後も正規ルートへの軌道修正を試み重力カタパルトを利用して飛行しているうちにここに来てしまいました。なにしろ燃料に制限があるため最小距離では飛行不可能ですから。」

(重力カタパルトとは惑星の重力を利用してロケットの推進力を得る飛行方法だ。ボイジャーもこの方法を利用してエネルギーを抑えて遠くの惑星に飛行を続けている。)

「何てことだ!!どこまでついていないんだ。こんなことなら里香の言うとおりはっきり断っておけばよかった。」
「コンピュータ、ところで現在の計算では間違いなく帰れるんだろうな!」
「それは問題ありません。ただ少しの点を除いては。」
「何だ!少しの点とは?」
「隕石回避のときに大規模な軌道修正計算をしなければならなくなったのですが、計算用の記憶メモリーが足りなくなったため一部の重要度の低い情報を消去してしまいました。ところが今になってその情報がどうしても必要なのです。」
「どんな情報なんだそれは。」
「それはブラックホールに関する重力場の計算の情報です。」
「どうしてそんなものが今必要なんだ。」
「現在突然予期しなかったブラックホールが現れたためこれを回避しながら事象の地平線の外をぎりぎり飛行しています。」
「なんだって計算を間違えたら中に落っこちちゃうじゃないか。この事象の地平線の中に落ちたら光でさえ外に出られないんだぞ。」
「その通りです。しかしここまでの計算は確かに間違っていません。しかし、最後のところに来て計算が出来なくなってしまいました。」
「どんな計算なんだ。」
「あと20時間後に逆噴射する予定だったんですが、この計算だけが情報が足りなく不十分なのです。それまでの計算結果によると、その20時間後の逆噴射をするか、しないかのどちらかが正しいことが判明しています。このまま行くと丁度20時間後に逆噴射をしますけれどよろしいですか?返事はイエスかノーのどちらかで良いですのでお答えください。20時間以内にどちらの返事もない場合は逆噴射することにします。それではどちらかの返事をお待ちしています。」
「ちょっと待てよ!なんてついていないんだ。冗談じゃないよまったく。いったいどうすればいいんだ・・・」
武田はしばらくの間呆然と立ち尽くしていた。その目はいつものようにどこかの遠くを見つめているようだった。ただしこの時ばかりはその目の先は果てしない宇宙空間に向けられていた。
「よく考えろ。どうすればいいんだ。一体全体どうしてこんなことになってしまったんだ。」
武田はかなり混乱していた。それは今おかれている状況のせいか長期冷凍睡眠のせいでもあるのか、自分がこの計算の専門だということまで中々思い出せないでいた。それから一時間ほどたち武田はようやく我に返った。「そうさ、ボクは何十年もこの計算をやり続けたじゃないか。一日あれば自分で計算しなおすぐらいできるさ。」
武田はそれから飛行船の床にマジックで計算式を書き始めた。それから10時間程で飛行船の床は数式で一杯になった。
「よし、これでようやくすべての計算式が書き終えた。あとは数値を入れてチェックさえすればいいだけだ。」
このとき残り時間は9時間とせまっていた。それから武田はコンピュータにプログラムを組み計算を始めた。長い冷凍睡眠の影響もあってかプログラム作成には結構時間をついやしてしまった。最終的な答えがでたのは残された時間の残り30分前だった。武田は自分の運命がかかっているこの計算を確かめるために、残されたすべての時間を計算のチェックに費やした。そして運命の時間の1分前になってようやくその最終結果が確認された。「やっぱりそうか、逆噴射なんていらないんだ。コンピュータの計算には相対論の肝心な式が抜けていたんだ、逆噴射なんてしたらブラックホールに落っこちちゃうじゃないか。このまま飛行を続ければ帰れるんだ。」
武田の顔は絶望からみるみるうちに精気と希望がよみがえってきた。
「やった!とうとうやったぞコンピュータの答えは間違っているんだ。」武田は今まで彼の人生でなかったほど興奮していた。そして大声でさけびだした。「やたぞ、帰れるぞ。よし!よし!やったぞ!イエス、イエス、イエース!」
武田は興奮が抑えられなかったのかガッツポーズをしながら叫んでいた。
「・・・了解いたしました。逆噴射いたします。」
武田はあまりにも興奮していたためこの時コンピュータが武田に最終確認をしていたのに気がつかなかったのだった。
「えっ・・、違う!!違う!!答えはノーだノー、ノー。逆噴射は中止しろ。」
しかし時はすでに遅かった。コンピュータはすでに逆噴射を作動させてしまっていた。
「プシュー」宇宙船の逆噴射が始まった。
「だから違うんだってば、さっきのは回答でなく興奮して叫んだだけなんだ。止めてくれそんなことをしたらブラックホールに落っこちちゃうじゃないか。」
武田の痛切な訴えとは裏腹に無常にも宇宙船はしずかに事象の地平線の中に吸い込まれていた。

「卵を落としたのは俺じゃないんだ。ノーなんだ!」
「NASAなんて行きたくなかったんだ。ノーなんだ!」
「人質なんかになりたくなかったんだ。ノーなんだ!」
「宇宙飛行士なんかなりたくなかったんだ。ノーなんだ!」
「逆噴射なんてさせたくなかったんだ。ノーなんだ!」
「里香と別れたくなかったんだ。ノーなんだ!」
「誰かきいてくれ!全部ノーなんだ。ノー、NO!、NO!!・・・」


「ブラックホール」そこは物質も光も音もすべてのものを吸い込んでしまう空間である。もはや武田の声は誰にも届くことはないであろう。願わくば「ブラックホール」のその先が何処かの宇宙空間と繋がっていて別の空間に放出されるかタイムワープによって時間が戻ってくれることに期待するしかない。
そこで武田はそして、彼の次の人生ではきっと相手の正面を見て「ノー!!」と言えるに違いないであろう。

(終わり)

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コメント

先生の作品のファンです。
『99.9%仮説』という本を読んだときの衝撃は忘れられません。

主人公の武田が、
ハイジャック犯に拉致監禁されるところは秀逸です。
その後、木星へと独りで旅立つ勇気が気の弱さからきているのも
痛快でした。
さすがです。
奥様とのマンガも楽しみにしております。
読んでいるだけで楽しい時間を過ごせます。ありがとうございました。

投稿: 主人公じゃないほうの武田 | 2014年10月25日 (土) 22時57分

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投稿: cinym mfgi | 2007年10月 2日 (火) 18時14分

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» 感想 「愛のつくり方」 [白銀竜の世界]
期待以上の内容だった。実話を元にしたストーリーの威力に僕は、読みながらボロボロ涙 [続きを読む]

受信: 2005年10月 4日 (火) 15時58分

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