ノーと言わせてくれ(5)
その後、里香は武田のまえに姿を現さなかった。武田が書類にサインをしてから一週間後『木星宇宙飛行士募集』の広告は全国に発表された。その2ヵ月後宇宙飛行士決定と武田の名前が全国に発表された。武田は一日にして一躍有名人となった。しかしそのニュースに映っていた武田はいつものあの背中をまるめ遠くをみつめる姿勢が印象的だった。武田の頭の中は里香のことで一杯であったからである。
その後一ヶ月が過ぎNASAへ出発の日になって武田は成田空港にいた。その間、里香からの連絡は一度もなかった。日本人が木星への初の宇宙飛行士になるかもしれないと聞いて成田空港には大勢の報道陣が押しかけていた。武田は行く先々で報道陣の質問攻めにあった。しかしその表情はどこかうかない様子でときおり誰かを探しているようでもあった。
出発の間際になり宇宙研究所の研究所長と塚原部長が武田のところにやってきた。
「君のおかげで来年度の研究予算は大幅にアップしたよ。君は我が宇宙研究所の救世主だ。向こうでも頑張ってくれ給え。」
塚原部長は万弁の笑みを浮かべながら武田にそういった。武田の心の中では何か仕組まれたとうい気持ちもぬぐいきれなかったが、「行ってきます。」と皆に別れを告げた。そのときである。人ごみを掻き分けて一人の女性が武田に飛びついてきた。里香であった。武田に抱きついた里香は武田に向かって耳元で「待っててあげる。」と言ったあと武田にキスをして走り去っていった。武田は心の大きなつっかえがとれたような気持ちになった。「皆さん言ってきます」大きく手を振った武田の表情は先ほどとは打って変わって晴れやかだった。
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