ノーと言わせてくれ(3)
「武田君!」
武田が朝出勤して自分の研究室に入ろうとしたとき、呼び止めたのは上司の塚原部長だった。塚原部長は現在58歳である。世渡り上手が功を奏して40歳ですでに部長に就任していた。
「あとで話があるから私の部屋にきてくれないか。」
武田は自分の部屋に入りメールのチェックを終えると塚原部長の部屋に向かった。
武田は塚原部長の部屋をノックし中に入っていった。
「塚原部長、話って何ですか?」
「うん、それなんだがね。君も今度の木星飛行計画を知っているだろう。」
「ええ、人類を木星の衛星の一つに送り将来の人類移住計画のデータを収集する計画ですよね。」
「実はNASAからこの計画のスタッフ1名の要請があってね。君も察している通りこの募集は宣伝効果とNASAの資金集めが目的でね。公式には一般公募はすることになっているんだけど実はすでにこの宇宙研究所の中から選抜されることがすでに決まっているんだよ。」
「まさか、私をその候補に考えているんじゃないでしょうね。」
「君は察しがいいなあ。実は宣伝効果のために宇宙飛行士一名募集という形にするんだけれど、実際に木星飛行出来る宇宙飛行士は二、三名だから日本から選ばれるわけはないんだよ。それより優秀な技術スタッフを集めて飛行計画のプラン作成に参加してもらうことが本当の目的なんだ。」
「いや私なんかでなくもっと適任者が・・・」
武田の脳裏には昨晩の里香の言葉「ぜったい断ってよね!」がよぎっていった。
「頼むよ。どうせ四、五年なんだし。それに君は宇宙飛行計算の専門家だからNASAが要求している条件にぴったりなんだよ。私を助けると思って頼むよ。」
「そんなことを急に言われても困ります・・・」
「君も分かっていると思うけれど、今この研究所は不景気のあおりで国からの予算が大幅に削減されることになっているんだ。もしこの木星飛行計画に参加できれば科学技術庁も予算を大幅に産出してくれることになってるんだよ。もしこのまま予算が削減されると私も君も首になるかもしれないんだよ。そこのところを考えてくれないか。君が帰ってきたら部長のポストを約束するからと所長にも頼まれているんだよ。」
「そんなことを急にいわれましても・・・それで返答はいつまでなんですか?」
「それがなるべく早いうちに返答しないといけないんだが、困ったな。実は私のところに届くはずの書類が何処かで間違って配送されたらしく昨日になってようやく私の手元に届いたんだよ。そしたら返答期限が明後日だったんだ。」
「明後日ですか、でも・・・断ってもいいんですよね?」
「いや、あの、その、実は私と所長は明日から緊急の海外出張がはいってしまったため、出来れば今日中に返答が必要なんだ・・・」
「きょっ、今日中ですか!」
「もう今回の候補に匹敵するのはどう考えても君しかいないし、君も宇宙パイロットということで選抜されたことになるからとっても名誉な話じゃないか。それに日本の宇宙産業の将来を担う重要なプロジェクトでもあるし宇宙研究所のため、いや日本国家のために引き受けてくれないかなあ。」
「そんなこと言われても・・・、何時までに返答しなければいけないんですか。」
「時差があるから日本時間で午後4時までなんだ。頼むよ。引き受けてくれるよね。」
「ちょっと・・・、それなら4時まで考える時間を下さい。」
武田はそういうと思いつめた顔で部屋を後にした。
(困ったぞ、困った。里香になんて言おう。)
武田はすぐさま里香の携帯に電話した。しかし電波の届かない場所にいるとのメッセージで里香と話をすることが出来なかった。
午後3時になっても里香との連絡はつかなかった。
そのとき武田の部屋をノックする音が聞こえた。
「どうぞ」と返事をすると塚原部長が入ってきた。手には何か紙を持っていた。
「武田君、イヤーすまん。明日からの出張が急遽早まって今から出なければならないんだよ。ここに承諾書があるから君のサインと僕のサインを書いて直ぐにNASAに送らなきゃならないんだよ。いいよねやってくれるよね。」
「いえ・・、ええと、そのちょっと・・・」
「君には断る理由なんて何もないだろう。こんな名誉なこともないし、それに四、五年なんて直ぐだよ。帰ってきたときのポストも確約されているんだから言うことないじゃないか。私も君みたいな優秀な部下をもって鼻が高いよ。さあ早くサインをして・・・」
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