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2005年9月18日 (日)

失敗作(3)

  3

 太陽が鬱陶しい。
 優子は夕日に呪いの目を向けた。世界がもう終わりかけているのに太陽は相変わらずたっぷりと光を差し込んでくる。でも光は食べることができない。
 もうずいぶん慣れたとはいえ、空腹感はときに刺すような鋭さに変わり、優子の感覚を支配した。この空腹感を断ち切るには脳のどこの回路をオフにすれば良いのだろう。もしもそんな薬が開発されたら、後先考えずに飲んでしまうだろうと優子は思った。空腹には抗えない。
 歩く足は重く、住宅街はどこまでも続いているように見えた。家に帰ったところで大した食べ物は待っていないという事実がなおさら足取りを憂鬱にさせていた。
 ハンバーガーを食べたい。優子は、昨日もそう思った気がした。おとといも、その前も、ハンバーガーを食べたいと思った気がした。
 私が子供の頃はハンバーガーなんて腐るほどあった。具を足したり引いたり味付けを変えたりした亜種たちがメニューの中に馬鹿みたいに並んでいた。今となっては夢のような話だ。今は、ミンチの牛肉に復讐されている。
 ーポテトはSにしなさい。こう見えても、カロリーは高いんだから。
 そんなことを母親に言われて、しぶしぶそうしたのを思い出す。本当は、あの塩辛いポテトをいっぱい食べたかったのに。
 スーパーの袋は軽かった。二時間並んだ末にこの量だった。鮭の缶詰とジャガイモ2つと大豆の缶詰。これが家族三人の食事になるのだった。父も母も、こんなものを待ちわびて、家で私の帰りを待っている。
 
 十五年前は皆食べ物に飽きていた。食事の退屈さを紛らわすためか、そのバラエティーは増え続けていた。退屈を嫌うこの国においては特にそうだった。口から胃に放り込むだけの単純な食事、ノスタルジーに彩られた昔ながらの食事、芸術品のような複雑怪奇な食事、健康に良いという言葉で味つけられた食事、人々はみな、朝その日の服を選ぶように、気分に合わせて様々な食事を摂った。生物としての義務は、私たちをときに投げやりな気分にさせたり、逆に徹底的に快楽を味わせたりもした。食は多くの芸術と同様に、社会的地位や自分を着飾る記号にもなったし、自分だけの密かな愉しみにもなった。
 しかし今、人間は一種類のみになってしまった。みな、平等に飢えている。戦争と同じように、食料危機は社会の凹凸をなぎ倒して平にした。いや、あの小さな遺伝子改変子供たちは別だ。彼らは不完全な頭と体とを引き換えに、空腹を感じない胃袋を手に入れたのだ。
 住宅街は静まりかえっていた。犬の鳴き声が聞こえなくなったのはいつからだろう。犬を家族の一員にしていた人たちは、その家族の一員をどうしてしまったのか。もちろん、それを責めることは誰にもできない。
 
 食糧。どこかに食糧はないのだろうか。誰かが秘密の隠し場所に山のような食糧を隠し持っているような気が優子はしていた。私をそこに連れて行ってくれるのなら私はなにをしてあげてもいい。
 優子は自分を連れて行く男を想像した。男は何故か顔中に包帯を巻いているのだった。
 「どうぞ。食べてください」
 白いテーブルの向かいに座っている男が優子をうながす。目の前にはサーロインステーキが湯気を立てている。厚さ二センチはある。いや、三センチあるかも。ナイフを入れると肉汁があふれてくる。肉の断面の、良く焼けた表面部と赤い中心部のコントラストはその肉の柔らかな歯ごたえを予想させた。たまらずフォークを突き立てる。包帯男が私を見つめている。私を好きにして。優子はステーキを口に放り込む。

 口の中に唾液が溜まっていた。馬鹿げている。こんな妄想を膨らませながら歩いているよりは食べ物を手に入れる方法を考えたり探しまわったりしている方が有意義だ。
 優子は大学二年生のときに食糧危機を迎えたので育ち盛りは幸福に乗り切った。もうあの豊かな食文化を味わうことはできなくなったのだということを思い知ったのは、数々のファーストフード店がすべて閉鎖に追い込まれ、シャッターだらけになった駅前を歩いていたときのことだった。優子だけではなく、みな、実感がわくまでには時間がかかった。一過性のものだという人もいた。しかし実際は事態は不可逆的に進行していたのだ。
 誰もが呆然としていた。まさか食べ物に足元をすくわれるとは考えもしなかった。事態は深刻だった。何しろ食物のほとんどを他の国に頼ってきたのだから。
 テレビでは、このような事態に陥った原因分析と対策の議論が行われていたが優子には関心が湧かなかった。議論よりも、使いかけのバターと大豆の缶詰、いくつかの冷凍食品とインスタント食品のみになったすかすかの冷蔵庫を新鮮な食材で満たしてくれる魔法を知りたかった。
 街には無気力が溢れていた。人々は完全には開ききっていない目でうろついていた。新聞では毎日のように、食糧を溜め込んだ金持ちが暴徒に襲われるという類いの記事が載った。心なしか、新聞の記事は事件を喜んでいるようにも見えた。都心のはずれ、小金持ち達が静かな生活を営んでいた地域では、暴徒のグループが肉や魚を目指して徘徊していたが、刑務所ではほとんど食事が出ないという噂が信憑性を伴って広まると、暴徒たちはは表面上は姿を消した。
 政府は有効な対策をとることができなかった。自国の国民を食わせるために食糧輸出を止めてしまった外国からは全く相手にされず、政府と国民は経済力が無価値になったという信じがたい事実を突きつけられて思考停止となった。この国には経済力と科学技術しかなかったのだ。その科学技術の方も、二億二千万の人間を生かすだけの食物を一瞬で作り出すようなことはできるわけはなく、せいぜい、栄養価の高い食物をピックアップして人工培養土で育てるという程度のアイディアしかなかった。
 自分の身は自分で守れ。それは正しいが、しかし買い占めや備蓄は食糧不足を加速させた。配給制が成立した頃には、もうたいした食品は残っていなかったのだった。
 空腹のために数々の人間が役立たずになった。街はさながら精神病院が開放されて患者が街に溢れ出たかのようだった。壁の一点を見つめ続けている男、殴り合いの喧嘩を始める男、もうぼろぼろになっている爪を一日中かじり続けている女。
 
 対策委員会の科学班は苦し紛れに一つの案を提出した。ー人間を小さくしてしまえ。食糧あたりの労働力を高くすればいつか食糧の生産が消費に追いつくはずだ。幸い、今の農業技術は体が小さくても可能なものばかりだ。新しい人類に、我々の未来を背負ってもらおうじゃないか。
 この案は受け入れられた。取るべき一手を考えあぐねていたし、空腹では冷静にもなれなかった。結局、法律成立後に妊娠したものはすべて、受精卵への遺伝子改変が義務づけられた。遺伝子改変自体は目新しい技術ではなく、小金持ちの子供はほとんどが改変を受けていた。優子もデザイナーベビーの一人だった。優子は知能指数が180ある、八頭身の美人と生まれたときから決まっていた。未来の子供たちには、成長ホルモンを始めとする成長因子の効果を抑制するための改変が行われることになったのだ。

 数年後、街には奇形児の姿が目につくようになった。頭がいびつに大きな子、体の右半分と左半分の大きさが違う女の子、手が肩から生えている男の子、そしてそれらの子供たちのほとんどが知能未発達だったのだ。
 
 世界から消えつつあるものは食糧だけではない、と優子は思った。それははっきりとしたものではなかったが、確かに消えつつあった。それが何なのか、誰もがわかっているはずだと優子は信じていた。私の心にまだ残っているそれが、本当に消えてしまったとしたら、そのとき私たちはどうなるのだろう。
 影の伸びた道路は、目眩がするほど寂しく見えた。

 道路の先に、子供が二人、歩いているのが目に入った。知っている二人だった。一人は二つ隣に住んでいる長谷川さんの娘のえみちゃん。もう一人はいつもえみちゃんと一緒にいる、目が一つしかない男の子。二人はいつも楽しそうだ。私も小学生のころは楽しかった。あのころに戻りたい、なんて言ってもしょうがないけど。
 一台の車が優子の横を通り過ぎていった。その黒い車は二人の子供たちにゆっくりと近づいていく。優子は嫌な予感を覚え、そしてその予感が当たっていたことにより冷静さを手に入れた。車は、抵抗している男の子と、えみちゃんを乗せて、走り去っていったのだった。優子は、ナンバーを覚えた。

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