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2005年9月25日 (日)

『ドグラ・マグラ』(書評)

『ドグラ・マグラ』夢野久作

大洗藍司

『虚無への供物』と同様、三大奇書とも日本三大ミステリとも呼ばれる小説である。だが、本当に薦めてよいかは悩むところ。本書は好き嫌いが大きく分かれるだろう。
 あるオンライン書店の書評では、『虚無への供物』はほとんどの人が満点を入れていたのに対して、こちらに満点を入れた人は半数以下。また別のオンライン書店では、「文章が読みにくい」と「雰囲気がある」、「何を言いたいのか判らない」「不快感を感じる」と「奇書という言葉はこの小説のためにある」「初めて味わう読後の余韻にただただ脱帽」と評価は真っ二つ。これほど極端に意見が分かれる小説も珍しい。
 ある青年が目覚めるところから物語は始まる。ここは何処か、自分は誰か、全く思い出せない。そして、なぜ自分が監禁されているのかも。こうして話は進んでゆくのだが、それが一貫性があるようなないような、よくわからない方向に進んでゆく。読み終えたあとも、さっぱり訳がわからない。わからないことが心地よいという、希有な小説である。
 気違いによる気違いの書である。大雑把な表現と繊細な描写のアンバランスさが、主人公が狂人である様にリアルさを与えているだけでなく、作者も狂人でなければ書けないだろうと思わせる迫力がある。著者自身「この作品を書くために生まれてきた」と語るとおり、独特の熱気と狂気に包まれている。
 日本のミステリーを一冊挙げろと言われたら、かなり悩みながらも、結局は本書を選ぶだろう。筆名も本書の気違い青年から取ろうと思っていた(青年の名前が見あたらず諦めた)くらい、私はこの小説を気に入っている。
 万人にお薦めはできないけれど、読後自分が気違いになったような気分に浸りたい方には是非お薦めしたい(そんな人いないか?)。ただ『虚無への供物』のように読み易い訳ではなく、一気に読まないとそれこそ訳わからなくなるので、覚悟を決めて読み始めてください。

〈出版〉角川文庫
〈本文文字数〉八〇〇字

追伸
読み終えた人は気が触れるという噂があるそうですので、お気をつけて。

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コメント

シュレ猫文章倶楽部はコメントを歓迎いたします。(誹謗中傷の類いは削除しますが・・・)
「虚無への供物」の書評も載せる予定です。お楽しみに。

投稿: 竹内薫 | 2005年9月28日 (水) 13時06分

ここに私めごときが書き込みしていいのか迷ったのですが、ドグラマグラと聞いて、わたくしの理性がつくる自制心が「とりあえず書いてみたら?」というので書いてみます。

♪すちゃらかちゃかぽこ♪すちゃらかちゃかぽこ
♪すちゃらかちゃかぽこ♪すちゃらかちゃかぽこ

脳でなく精神でなく、脳髄の異常の世界。
ああ、脳髄というと生々しくあのぶにょぶにょしたアレを想像しますね。

アンポンタン・ポカン君:青年名探偵兼脳髄学の大博士。

ははは。

彼がこの作品のミステリーであり主人公でもありなんですが、人間の脳髄が脳髄を研究するのって、
観測者自身が、物理的対象に相互作用をして観測問題が複雑にして不確定性を起こしたりするのと似ていますよね。

なのでアンポンタン・ポカン君の行動の意味はそのまま科学のたどる道なのかも知れませ…

ん?…そんなこともないか?…

映画ドグラマグラの正木教授役の桂じ雀さんが鬱で自殺されたとき、なんだか、寂しかったですね。

草々

投稿: はっしー帝國 | 2005年9月28日 (水) 13時00分

本文中に微妙な表現がありますが、これは公共の印刷物ではなく、また、取り上げている作品の内容そのものが常識の通じないものなので、このまま掲載します。

投稿: 竹内薫 | 2005年9月25日 (日) 20時05分

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