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放送作家との確執

年末が近くなり、忘年会も増えるが、仕事や人間関係で嫌なことも続く。

仕事場にケツの穴のちっちゃい奴がいると、いつも苦労させられる。どうでもいいことを大袈裟に取り上げて、大騒ぎして、どんどんトラブルが拡大してしまう。

よく放送作家と喧嘩になるのは、自分が作家稼業だから、しかたないことなのかもしれない。問題は、こちらがおとなしくしていても、ことあるごとに「挑発」されることだ。

年末で〆切をたくさんかかえている身としては、「あんた、暇なのか」と怒鳴りたくなる。

***

テレビの科学番組は、相変わらず、ステレオタイプの制作態度ばかりで、うんざりさせられる。特に科学史に対する理解が浅いのは腹が立つ。学校でも、まともに科学史を勉強した人なんて、ほとんどいないから、テレビ番組の制作現場に「科学史の常識」を求めるのは酷だろうが、知らないんだったら、ちゃんと尋ねてくれよ。

ガリレオの宗教裁判は、「地動説を唱えたから弾圧されました」みたいな単純な話じゃない。背景には、ガリレオの庇護者であったトスカーナ大公とローマ法王の政治的・軍事的な確執があったし、よき友人であったベラルミーノ枢機卿亡き後、ローマ法王庁内部におけるガリレオの立場が弱まってしまったことも大きく関係する。だいたい、ガリレオ自身が敬虔なカトリック教徒だったわけで、「科学対宗教」みたいな○×式のわかりやすい構図で全てを説明するのは無理なのだ。

「地動説はいけませんと、教会の偉い人に怒られてしまいました」

この台本を見せられて、修正に一日しかないと言われて、いったいどうすればいいのだ。

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あまりの、科学史の常識のなさに、腹が立って仕方ない。

お次は、「中世は暗黒時代だったので、科学は進歩しませんでした」みたいな台本が来るのだろうか。あー、いやだ。

どこかに、ちゃんと科学と科学史の(最低レベルの)知識をもった放送作家はいないのか!

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