詳しくは日立評論の7月号が出るまで書けないのだが、一昨日の松井孝典先生との対談で、大きな衝撃を受けたことが一つある。
それは、東大の入試における、物理と地学の選択率である。
オレが高校生の頃、物理、化学、生物、地学は四科目とも必修だったが、今では、高校生の2/3は物理を全く教わらないのだという。地学にいたっては、95%の生徒が教わらない!
その結果、入試の理科系科目の選択率は、生物=8割、化学=6割、物理=1割、地学=1分(「ぶ」ですよ、ぶ)になってしまったというのだ。
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うーん、湯川博士、朝永博士が国民的な英雄で、ブルーバックスの都筑先生の「四次元の世界」が100万部も売れていた時代は、いったいどこへ行ってしまったのか。
(宇宙論や天文学も含めた)地学の基礎には物理学があるし、化学の基礎にも物理学があるはずだが、いまや、誰も物理を知らない時代がやってきたわけだ。日本独自の現象だと思うが、これでは、地球の起源やブラックホールの話なんぞ、誰も興味をもたないことも理解できる。
物理と地学は「わからない」のだそうである。わからないなら面白いはずもない。あとは滅びゆくのみである。
数年前から、物理の本を書くたびに「難解だ」とか「わかりやすいとは思えない」というネガティブなネット書評に苦しめられているのだが、こうなると、オレ一人の努力でどうなる、というレベルを超えている気がする。
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実は、今書いている透明人間の本が難航しているのだが、その原因の一つは、「屈折率」「電場」「磁場」「クーロンの法則」といった言葉まで、すべて説明しなくてはいけない状況となり、「わからないコール」に悲鳴をあげているからなのだ。
いや、冗談ではない。「クーロンの法則」なんて、もう、誰も名前さえ聞いたことがない時代なのだ。「電磁場」が目の前にあるということを「だって見えないじゃん。学校でも教わったことないし」という人に説明するのは、オレの説明技術をもってしても容易ではない。
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日本の製造業の将来は暗い。物理を全く知らない人が電気製品や自動車を作ることは不可能だからである。国民の大多数が、「物」が動いたりエネルギーを出したりする原理を知らなくなる近未来、日本はモノづくりができない国になる。
個人的には、物理書が中心のオレの文筆活動も危うい。なにせ、「わからない」「つまらない」「いらない」ものを書き続けているんだからな。
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高校で全く漢字を教わらなくなったら国語力は低下するだろう。本だって、「漢字が難しい」→「わからない」→「つまらない」→「いらない」となるであろう。
物理は、そんな状況に追い込まれている。考えてみたら、物理学科の同級生の茂木健一郎だって、とっくの昔に「物理」という言葉を使わなくなったではないか! オレだけ、今まで、「素晴らしき物理の世界」という時代遅れの幻想を引きずっていたのかもしれない。
嗚呼、ローマ帝国が滅びたのと同じように、今、わが物理帝国も過去の栄光となりつつある。
ブルーバックスの編集のAさんに辞表を提出するか・・・・(ため息)