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外村先生との対談で感じたこと

先週の外村先生との対談は、とても楽しかった。(対談は日立評論9月号に掲載予定です。)

なんといっても物理学科の先輩であるし、もともとビジュアル好きで物理のCGなどに凝っている私としては、「可視化」というテーマを生涯追求し続けている外村先生の研究こそは、ある意味、自然科学の原点だと感じられたから。

ただ、昨今の科学予算が「短期的な結果」ばかりを追い求めて、その結果、電子顕微鏡という日本のお家芸がドイツやアメリカに追い抜かされてしまう、という驚くべき現実に、ちょっと言葉がでなかった。

いうまでもなく、科学予算は、国民の税金から捻出される。
ということは、私のような科学インタープリターが、「なぜ、血税を注ぎ込む価値があるのか」について、科学の門外漢にもわかるように「翻訳」をしなくてはいけない。

だが、その「科学インタープリター養成講座」そのものが、混乱をきわめ、メチャクチャな運営状況になっていることを、いったい、どれくらいの人が知っているだろうか。(私は断言する。科学インタープリター養成講座は、ほとんど科学インタープリターを養成することはできない!)

はからずも、自らの分野が蹂躙されている、という点で、私と外村先生は、同じような「怒り」を感じているのだと知って驚いた。

この国の税金は、現在、「妖怪ども」の思うままになっていて、志のある「人」は、大切なプロジェクトには参画できないような仕組みができあがっている。

きわめて残念である。

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