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本の話

そろそろ髭が伸びてきたが、本日は、打ち合わせ二件に朝カルがあるので、床屋は無理だろうなー。

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NHK出版の「物質を巡る冒険」の見本が出来上がったそうで、本を届けてくれるというので、ちょうど東京に出るから外で受け取ることにした。

出来上がった本の受け渡しは、以前は、編集の人が自宅までもってきてくれて、その場で簡単な打ち上げなんぞやったものだが、世知辛い世の中になってからは、郵送がほとんどとなり、打ち上げもやらない場合が多くなった。

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昨日の日経の「今週の3冊」ではコペルニクスの稀覯本(きこうぼん)を巡る書誌学(と科学史)の本を取り上げた。(「誰も読まなかったコペルニクス」オーウェン・ギンガリッチ、柴田裕之訳(早川書房))

「天球の回転について」の初版部数が400冊から500冊というのは、本が貴重品だった、古き良き時代ということなのだろうか。ちなみに、ニュートンの「プリンキピア」は600−750部、ガリレオの「星界の報告」は550部(確実)らしい。

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日本の明治あたりはどうだったのかと思って調べてみると、夏目漱石の「吾輩は猫である」の初版が二千部。重版の際に千部で、最終的に累計三万六千部程度というから驚く。
明治のベストセラーの部数は、現在と比べると一桁か二桁も低いことになる。

漱石の言葉で流石(さすが)と思ったのが、こんな文句だ。

「一体書物を書いて売るという事は、私は出来るならしたくないと思う。売るとなると、多少慾が出て来て、評判を良くしたいとか、人気を取りたいとか云う考えが知らず知らずに出て来る。品性が、それから書物の品位が、幾らか卑(いや)しくなり勝ちである。理想的に云えば、自費で出版して、同好者に只(ただ)で頒(わか)つと一番良いのだが、私は貧乏だからそれが出来ぬ。」

漱石のものは、長い間、初期の「坊ちゃん」や「吾輩は猫である」といった諧謔趣味のものよりも、中後期の作品のほうが好きだったが、また、「猫」を読み返してみようかしら。

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コペルニクス本に「ストッダートの法則」というのが出てくる。著者のギンガリッチという天文学者・書誌学者の命名で、ストッダートというのはハーバード大学の司書の名前なのだと。

「ほかの条件が同じなら、厚い本よりも薄い本のほうがはるかに見つけにくいからね」(同書170ページ)

図書館でも古本屋でも、大きい本は、物体として尊重されるが、薄い本は、いつのまにやら棄てられたり紛失してしまうらしい。
だから、薄くて部数の少ない「星界の報告」は、コレクターの間では、メチャメチャ希少なのだそうだ。

後世に残る本を書きたいならば、(中身が同じなら)、できるだけ分厚くすることだ。

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本好きが本の話を始めるとキリがなくなっちゃうよ。

さてさて、本日の授業の準備に入るとするか・・・。

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