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ポストモダンの歩道橋

ウチの前の遊歩道を横浜方面に歩いてゆくと、途中に大きな歩道橋がある。その歩道橋はバブル期にでもつくられたのか、豪華なタイル張りになっている。

雨の日にその歩道橋を歩こうとすると、かなり気をつけていても足を滑らして転倒直前までいくことがしばしば。

見た目に美しい歩道橋のタイルは水の被膜をもらって凶器と化する。

オレは、いつも、そこで滑りそうになるたびに、ポストモダンの読書術を思い浮かべる。(職業だからな)

両者とも、本来は、「安全に道路を横断する」とか「筆者のいわんとするところを正確に理解する」という基本があって、でも、次のレベルとして、「デザインを崩してみる」とか「好きな解釈で読書の快楽に浸る」というポストモダン的な行為が来るべきなのだ。

でも、たいていの場合、本来の機能や目的が忘れ去られ、危険なデザインや好き勝手だけの解釈が独り歩きを始める。

雨で滑りそうになって腹が立つたびに、頭に読書のポストモダンが思い浮かぶなんてのは、変人以外の何者でもないが、オレは、ツルツル滑る美しいタイルに毒づきながら、そんなことばかり考えている。

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それはそうと、今、獣医さんの書いた本を読んでいるんだけれど、猫の目って静止画が二重にぼやけて見えるのだそうだ。
そのかわり、動体視力は凄くいいから、動く物はよく見えるんだって。

いや、特にオチがあるわけではなく、それだけのことだが。

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他人からバンバン悪口言われているので、オレも、平気で他人の悪口を言うことにしている。
印刷媒体じゃあ、本音は語れないが、ネットには、まだまだ、そういう自由がある。
もちろん、悪口を書かれればオレも腹が立つけれど、根拠のない誹謗中傷以外は、表現の自由の範囲内だろう。

村上・三木谷両氏はネットでもすこぶる評判を落としたようだが、オレと同じ世代で、目立ち始める年齢だから、認知度に比例して悪口が増えるのも数学法則なのかもしれない。

テレビで傲慢な感じが強くでていたので、片山さつきの悪口を書こうかと思ったら、同級生のF君からのメールで、高校の一年先輩であることが判明。
うーん、オレは、仕事上、高校や大学のコネが役立ったことはこれまでに一度もないので、別にかまわないっちゃあかまわないんだけれど、一年先輩とわかると、さすがに歯切れが悪くなるよな。つまり、馬術部の一年上の先輩たちの同級生である可能性が高いということだろ。

はからずも、人間社会のネットワークに組み込まれて、自ら表現の自由を放棄しようとしているオレを発見。

片山さつきさん(←いきなり「さん」付けだ)は、記者に向かって「あたしはこの道のプロなんだから、いまさらあなたたちに言われなくてもわかってるわよ」という意味のことを言い放っていたシーンが放映されて、かなりイメージがダウンした。
テレビ画面では、ちゃんと敬語を使ってもらわないと、まるで視聴者が叱責されているみたいで、好感度がぐっと下がるんじゃないのか。

ダメだ、今日は毒舌も冴えを見せん・・・ゴホゴホ。

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