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2005年11月の49件の投稿

物質をめぐる冒険

近くの本屋をぶらついてみたが、NHKブックスが出ていない!

茂木健一郎の「クオリア降臨」がドーンと表紙をこちらに向けて三ヶ所くらいに飾ってあったが、オレの本はねえじゃねえかよ!

(あ、科学書の棚じゃないんだ!)

気がついて、一般新書の隣の選書コーナーにいったら、ちゃーんと平積みになっていました。
しめしめ、かなり減っておるゾ。

今回は、オレの原点である「文系・思想系」を意識して書いたので、是非、お近くの書店で手にとってみてください。

以上、宣伝でした。

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三年間保証って役に立つのか

昨日はシュレ猫文章倶楽部のFさんが椎間板ヘルニアの手術から「生還」したので快気祝いのパーティがあった。
午後3時くらいから呑み始めて(笑)、終わったのは夜の10時過ぎ。

Fさんの家にはアイボが二匹いて、最後は、その二匹を小突き回して遊んでいた。

「おやすみ!」(アイボ)
「てめえは、もう寝るつもりか? ウリウリウリ(頭を鷲掴み)」(オレ)
「・・・」
「あ、耳がちぎれちゃった」

パーティに来ていたサクラさんは、富士通のノートパソコンが故障して困っているのだと。
ビックカメラに電話をしたら、富士通で故障かどうか確かめてから持ってこいと言われ、富士通と電話でやりとりをしたら、ビックカメラに持っていってくれ、と言われたらしい。

「買うときに三年保証に入ったんですけど」(サクラ)
「これはですね、OSがない、というエラーですので、ソフトの問題となりまして、補償外の可能性があります」(ビックカメラの店員)
「えー? そんなこと言われてもわからないわ。買うときに故障したときに安心だと言われて入ったのにー」
「場合によっては2万円ほどかかる可能性がありますが、いかがいたしましょう」
「いかがいたしましょうって・・・直らないと、書きかけの原稿が入っているから困るのよー」
「それでは、パソコンをお預かりしまして、料金がわかりましたらお知らせいたします」
「修理にどれくらいかかるのー?」
「一箇月くらいみていただければ」
「・・・」

サクラさんはプロの作家だ。
運良く、メインで使っているパソコンではなかったらしいが、災難だねぇ。
そういえば、オレも量販店でパソコンなどを買うときに、この「三年保証」というのを奨められた憶えがあるゾ。
でも、いざ、故障したときに、細かい例外規定が出てきて、結局、お金を払わされるんだったら、最初から三年保証なんて入っても仕方ないんじゃないのか。

ちなみに、これは、ハードディスクのメンテナンスのユーティリティを使えば直るかもしれないな。
だったら、2万円もかかるのは変だぜ。
それとも、ウィルスにやられてハード的に致命傷なのか?
でも、ハードの致命傷なら、三年保証で修理すべきだよな。

量販店だからといって、アフターケアをいい加減にしていると、客に不信感が拡がると思う。

この問題、結構、微妙だし、他人事じゃないので、続報を書きます。

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縄文人の血

ある日の会話。

「どうしてあなたは上半身はツルツルなのに下半身は毛むくじゃらなの」(K妻)
「いきなりなんだよ」(オレ)
「だって、ふつうは、全体的にツルツルか毛むくじゃらか、その中間じゃないの? 上と下でくっきり分かれてるなんて変だわ」
「バカモノ。日本人の多くは弥生人と縄文人のハーフなのだ。オレの場合、下半身は縄文人の血を受け継いでおり、上半身は弥生人の遺伝なのだ。猫の毛並みと同じだ」
「そうかしら」
「なんでもいいが、オレは人前で決して半ズボンをはかないのだ。それは、オレの縄文人の血を悟られたくないからだ。この話、決して口外するなよ」
「ダメ。もう、みんなに話しちゃったもん」
「・・・」

いつものパターン。

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相対論と腹の関係

「相対論って、本当にわからない人が多いよな」(オレ)
「お腹と同じじゃない」(K妻)
「はあ?」
「相対論を理解するのは大変だけれど、お腹を引っ込めるのも大変」
「あのな」
「両方とも、すぐに安易な道に走って、結局失敗する」
「・・・」

たしかに、相対論の勉強と出過ぎた腹を引っ込めることには共通点がある。

両方ともエクササイズ(練習)をしないと前に進まない。
目に見えて効果が出るまでには相当の時間を要する。
したがって、とかく、安易な道に走りがちになる。(サルでもわかる相対論とか、スレンダートーンとか)

で、スレンダートーンは、かなり買う気になっているオレ。

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インタヴュー

海城高校一年、宮本道人(どうじん)さんによる特別インタヴューを後援会ブログに掲載しました。

是非、ご一読ください。

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映画談義

サイト責任者のグリペンさんと一緒に、川崎チネチッタで上映中の「機動戦士ZガンダムII 恋人たち」を観賞。

前作と比べると格段にいい出来だった。(個人的な感想だが)

テレビの画像と新しい画像の解像度の差を「エイジング」という手法でクリアしているのは前回と同じだが、今回のほうが、新旧画像の使い分けがうまく機能しているように感じた。

メカとしては、最後に登場した、ガザCがよかった。

前半はフォウ、後半はサラが中心となって的が絞れたので、見やすかったのかもしれない。
次回はハマーンが中心なのか?

ガンダムにはさほど詳しくないので、適宜、グリペンさんに解説してもらいながら楽しんだ。

次回作も楽しみだ。

***

前に日記に書いたが、高校生のMさんの取材原稿が届いた。
かなりいい出来だ。
読んでみると、自分の人生観がそのまま出ていて、逆にいろいろなことを再認識させられた。

近々、日記に掲載、もしくはリンクを貼りますので、乞う御期待。

***

12月は見たい映画が目白押し。

まず、「イントゥ・ザ・サン」は、久々のセガール映画なので必見。
それから、「Mr.&Mrs.スミス」もイチオシだろう。
最後に、ピーター・ジャクソン監督の「キング・コング」も行かないとな。

例年、師走は映画づくのだが、今年はたくさんあるねぇ。
忘年会と映画鑑賞で仕事が手に付かなくなりそうだ・・・。

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いろいろ

昨日は原宿の北野オフィスにて「ロバストネス」本のテープ録り。

前回の原稿もあがってきたので、年末にかけて、書き直し編集作業に入る予定。

あと一回のテープ録りで形が見えてくるか。3月か4月にダイヤモンド社から刊行予定。

***

その後、新宿駅の墨繪(すみのえ)という洋食屋でK妻と義父と三人で夕食。
ここは、かなり美味い!

***

本日は、K妻とふたりでガストに行って、オレは豚カツ御膳、K妻は珈琲で朝食をとった。
K妻は、そのまま吉祥寺へインストラクターの仕事へ。

オレは、「雑学 時間論」の原稿の書き足しおよび図案入れ込み作業。

***

埋もれていたオレの科学書・思想書が、来年あたり、文庫で復刊してもらえそうな感じなので、機嫌がいい。

やはり、一所懸命に仕事をやっていると、忘れた頃にいいことがあるのか。

絶版・品切重版未定の本が別の出版社で文庫化されるのは、本当に嬉しいことだ。
いろいろな意味で、救われた気がする。(同じことを書いてすまん)

あと数年たてば、絶版の小説も復刊してくれるかも。SF文庫あたりで。(最近、オレは、ある人に指摘されて、自分が書いていた小説がミステリーではなく、ミステリータッチのSFだったことに気がついた・・・)

***

「手動にかぎる」という何の変哲もない日記に過敏に反応して、掲示板に悪口を書いてよこした奴がいて、「爺いなんだよ、引退しろ」と書いてあったので、引退しようかとも思ったが、よくよく考えると爺いではないので、やめた。

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無防備地域とは

産経新聞で知ったのだが、全国で「無防備地域宣言」という運動が高まっているらしい。
(賛否両論とジュネーブ条約の文面はココを見てくれ。)

これは、不必要な流血を防ぐ目的で制定されたもののようで、捕虜を虐待してはいけない、というのと同じ精神によるものだろう。

無防備な地域だから、攻撃せずに、そのまま占領してくれ、というわけだ。

現在の日本において、自治体レベルで条例化をしても、日本の法律と抵触するから意味はない。

だとすると、これは、宣言そのものに意味があるのではなく、裏があることになる。つまり、別の目的をもった思想運動なのだ。
新左翼の団体が背後にあって、どうやら、憲法九条を守ることが一つの目的らしい。

それはかまわないと思うが、街頭で「平和」をスローガンに、ジュネーブ条約の条文も読んだことがなく、その意味もわからない一般市民に署名させるのは、倫理的に問題だろう。

憲法九条を守りたいのであれば、正面切って、そういった運動を展開していけばいいわけで、こういった搦め手の策はよくないよね。少なくともオレは嫌いだ。

平和ボケの国民(!)の善意を左翼の思想運動が操っている構図が実に嫌なのである。
結構、腹が立つ。

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手動にかぎる

途上国向けに100ドルのPCが開発された、というニュース

価格よりも「手回し充電機能」が素晴らしい。

子供のころ、手回し充電のおもちゃで遊んでいたっけ。

***

かなり前のことだが、カナダでハイウェーの水たまりに突っ込んだ車の中で人が溺れて死んだ。
水たまりといっても、水深1メートルくらいあって、大雨の影響で、たまたま地形の低い部分に水が集まっていたらしいが、溺れた理由は、窓が開かなかったからだ。
水深1メートルだと水圧で扉は開かない。
手回しの窓なら問題なかったが、電動式だったので、電気系統が駄目になったら、もう死ぬしかない。

ハイテクの落とし穴として話題になった事件だが、その後、手回し式の窓は戻ってこず、代わりに、電気系統が駄目になったときに窓を割ることのできるハンマーを車に常備せよ、ということになったらしい。

いざというときは、手動にかぎる。

***

ちなみに、ウチの地震用の手回しラジオには携帯充電機能もついているのだが、なぜか、オレの携帯(auのtalby)には合わない。(K妻の携帯はきちんと充電できた)
うーむ・・・。

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(; ̄□ ̄)

超人の可能性ですが、昨日、打ち合わせ時にちくま書房のMさんに指摘されて、そうだったのかと思っていたら、朝カル後の飲み会で東大院生のMさんにも指摘され、それから、掲示板でもKimballさんに突っ込まれたぁあ!

茂木からもメールが来て笑われました。

とゆーことで、超人発言は取り消します(; ̄□ ̄)

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エキゾチックな4次元

科学名著で、是非復刊してほしいと思っているのが、

「エキゾチックな球面 続トポロジーの世界」野口宏著(ダイヤモンド社、1969)

である。科学文庫にしてもらいたいものだ。

***

エキゾチックな球面というのは、早い話が、学校で教わる関数の微分の公式が「ちょっとちがう」ような世界のことだ。
1次元の球面は円で、2次元の球面はふつうの球面だが、それを一般化していけば、どんどん高い次元の球面を考えることができる。
その球面上での「微分」の種類だが、1、2、3次元までは1種類しかない。
5、6次元も1種類だけ。
ところが、7次元になると、いきなり微分の種類が28個になる!

ちなみに、7次元球面上のゲージ場(ヤン・ミルズ場)の種類も28である。
ここら辺の話は、実に面白い。

ところで、4次元球面の場合、どうやら無数にあるらしいことはわかっていて、それも実数と同じ無限じゃなくて、自然数と同じ無限らしいのだが、実のところ、まったくわかっていない!

ところで、M理論というのは11次元で定式化されるわけだが、その低エネルギー近似で11次元超重力理論というのが出てくる。
その11次元は、われわれの棲む4次元と小さくコンパクトになった7次元に分けることができて、7次元球面を使った研究論文も数多く出ている。

なんで、7次元になると、いきなり「世界」が28種類になるのか、実に神秘的だが、そういったところが数学の面白さなのだろう。

***

もっと面白いのが、(球面でない)平らな4次元(記号ではR4)だろう。
ふつうの数直線の世界(1次元)、ふつうのグラフ用紙の世界(2次元)、3次元までは微分の種類は一つだけなのに、4次元になると、いきなり無限個に増える。それも実数無限個である。
ところが、5次元以降は、ふたたび一つになってしまう。

4次元だけがきわめてエキゾチックであることがわかる。

***

エキゾチックな話は、物理学のゲージ場と密接に関係していて、R4に無限に多い微分構造があることの証明には、ヤン・ミルズ場の数学が使われている。

エキゾチックな4次元の話は、

「4次元のトポロジー(増補版)」松本幸夫(日本評論社)

が読みやすいが、これも絶版らしい(涙)

***

ところで、われわれが4次元世界に棲んでいるとして、ココは、ふつうのR4なのか、それとも無数にあるエキゾチックなR4世界のうちのどれかなのか? それは判別可能なのか?

竹内薫公式サイト掲示板の物理軍団諸君、ちょっと考えてみてくれ!

***

蛇足だが、英語の発音は「エギゾゥティック」と濁る・・・。

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再生

そうそう、言い忘れたが、本日の打ち合わせは、以前、茂木健一郎と一緒につくった単行本をちくま書房で文庫化してくれる、という話なのだ。すでに権利関係もクリアしてくれたらしい。

ほとんど捨て置かれ、忘れ去られた本が、別の出版社から文庫で出るというのは、「再生」という意味で、実に嬉しい。

前々から科学書をもっと文庫化せよ、と叫んでいたつもりだが、「科学文庫」がないのは実に不思議だ。
(ブルーバックスは、単行本を「新書化」している)

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本の話

そろそろ髭が伸びてきたが、本日は、打ち合わせ二件に朝カルがあるので、床屋は無理だろうなー。

***

NHK出版の「物質を巡る冒険」の見本が出来上がったそうで、本を届けてくれるというので、ちょうど東京に出るから外で受け取ることにした。

出来上がった本の受け渡しは、以前は、編集の人が自宅までもってきてくれて、その場で簡単な打ち上げなんぞやったものだが、世知辛い世の中になってからは、郵送がほとんどとなり、打ち上げもやらない場合が多くなった。

***

昨日の日経の「今週の3冊」ではコペルニクスの稀覯本(きこうぼん)を巡る書誌学(と科学史)の本を取り上げた。(「誰も読まなかったコペルニクス」オーウェン・ギンガリッチ、柴田裕之訳(早川書房))

「天球の回転について」の初版部数が400冊から500冊というのは、本が貴重品だった、古き良き時代ということなのだろうか。ちなみに、ニュートンの「プリンキピア」は600−750部、ガリレオの「星界の報告」は550部(確実)らしい。

***

日本の明治あたりはどうだったのかと思って調べてみると、夏目漱石の「吾輩は猫である」の初版が二千部。重版の際に千部で、最終的に累計三万六千部程度というから驚く。
明治のベストセラーの部数は、現在と比べると一桁か二桁も低いことになる。

漱石の言葉で流石(さすが)と思ったのが、こんな文句だ。

「一体書物を書いて売るという事は、私は出来るならしたくないと思う。売るとなると、多少慾が出て来て、評判を良くしたいとか、人気を取りたいとか云う考えが知らず知らずに出て来る。品性が、それから書物の品位が、幾らか卑(いや)しくなり勝ちである。理想的に云えば、自費で出版して、同好者に只(ただ)で頒(わか)つと一番良いのだが、私は貧乏だからそれが出来ぬ。」

漱石のものは、長い間、初期の「坊ちゃん」や「吾輩は猫である」といった諧謔趣味のものよりも、中後期の作品のほうが好きだったが、また、「猫」を読み返してみようかしら。

***

コペルニクス本に「ストッダートの法則」というのが出てくる。著者のギンガリッチという天文学者・書誌学者の命名で、ストッダートというのはハーバード大学の司書の名前なのだと。

「ほかの条件が同じなら、厚い本よりも薄い本のほうがはるかに見つけにくいからね」(同書170ページ)

図書館でも古本屋でも、大きい本は、物体として尊重されるが、薄い本は、いつのまにやら棄てられたり紛失してしまうらしい。
だから、薄くて部数の少ない「星界の報告」は、コレクターの間では、メチャメチャ希少なのだそうだ。

後世に残る本を書きたいならば、(中身が同じなら)、できるだけ分厚くすることだ。

***

本好きが本の話を始めるとキリがなくなっちゃうよ。

さてさて、本日の授業の準備に入るとするか・・・。

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超人の可能性

以前、ちくま書房の編集者のMさんが、
「茂木さんって、明け方まで呑んでいても、翌朝、ちゃんと活動していて驚きますね。寝ないで大丈夫なんですかね。あのエネルギーはどこから来るんでしょう」
と驚いていたが、さきほど、オレも仰天した。

ちょっと連絡することがあって、朝の三時半くらいに茂木にメールを打ったら、すぐに返事がきた。
おいおい、朝の三時半だぜ。
まだ、東の空も白み始めていないんだぜ。

オレのように真っ昼間にグーグー寝ている人間は、単に昼夜逆転しているだけで、いたってふつうの仕事のペースなわけだが、茂木は早起きで有名だから、朝の三時半に起きて・・・おそらく〆切に追われて原稿書きをしていたのだと思うが・・・そのまま一日中、何十人もの人と会ってバリバリ仕事をこなしているんだから、凄い、の一言に尽きる。そして、夜はいつも明け方まで飲み会だろう・・・。

まさにナポレオン並みだ。

そういえば、キュリー夫人も働きすぎて救急車で運ばれた、という逸話があったし、エジソンもほとんど寝なかった、という話を聞いたことがある。

オレは「天才」という言葉は陳腐で卑屈で好きじゃないが、「超人」という言葉なら、まさに人並み以上のエネルギーという意味で使ってもかまわないと思う。

茂木は超人だねぇ。

オレは、おそらく茂木の三倍から四倍は寝ていると思う。
もっともオレの場合、寝ている間に小さな靴屋さんが出てきて、原稿を書いてくれるらしいので、目が覚めたら「自動筆記」すればいいから、寝ないと駄目なんだけどね(笑)

いずれにせよ、この時間にこんな日記を読んでいる人がいたら、あなたも尋常じゃないんだから、少し考えたほうがいいゾ!

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本日の喝!

東武グループを個人的にボイコットすることにした。

踏み切り事故のときにも思ったのだが、ようするに、この企業グループは、近隣住民の声にも市民の抗議にも一切耳を傾けようとしない。
そういうコチコチの経営体質なのだ。

今回の懲戒解雇だが、そんなに厳格で規律正しい社風ならば、なぜ、あのような踏み切り事故が起きたのだろうか。
近隣住民の声に少しでも耳を傾けていたならば、歩道橋を通すなど、いくらでも解決策はあったはず。

腐った企業体質の見本である。

というわけで、東武グループに本日の喝!(もう東武デパートでも二度と買い物はしないからな)

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もろもろ

本日は鈴木光司さんと横浜にて会食。

「エッジ・シティ」は、かなりいいところまで来ているようだが、あと少しかかるそうだ。
原子力から数学から受験まで、さまざまな話をした。

***

ここのところ書評文化についていろいろ考えさせられることが多い。

たとえば、内容がよくても新書だと取り上げる可能性が凄く低くなること。つまり、体裁が重要だということ。
あるいは、出版社による差別もかなり強い。
さらには、ナントカ界の大御所の書いた本だと、内容がくだらなくても、誰もはっきり「くだらない」と書かず、とりあえず褒めてごまかすこと・・・などなど。

これじゃ、読者が信用しなくなって、離れてしまうわけだ。

オレも気をつけないとな。
悪弊に染まったらおしまいだ。

***

「時間論」の原稿は今週中にあがりそうな勢い。

算数本の問題選定も半ばまできた。

今年も、あと少し。仕事のほうもラストスパートだ!

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世界の終わりと8月13日

時間論の仕事のためにマヤの暦を調べていた。
マヤには6種類の暦があって、その中でいちばん周期が長い暦は、(グレゴリオ暦に換算して)約5125年の長さをもっている。
それが、紀元前3114年8月13日に始まって、2012年12月23日に終わるのだと。

8月13日といえば、私が賢治の星との関連で「銀河鉄道の夜」の設定日時と考えている日で、ペルセウス座流星群の日でもある。

もっとも、ペルセウス座の流星群は、北半球では年間で最大の大流星群だが、南半球だとかなり見にくいのではなかろうか。ペルセウス座が流星群の放射の起点になるのだが、南半球のマヤ領域だとペルセウス座は見えないはず。(ここら辺、南半球での天文観測に詳しい人に補足してもらいたい!)

もし、そうだとすると、マヤの暦の起源が8月13日にあることは、もしかしたら、北半球の文明の痕跡を意味しているのかもしれない。北半球から民族(王族)が移動してきた可能性とか。

マヤ文明の起源の問題と、ペルセウス座流星群の南半球での見え方がわからないとなんとも言えないが・・・。

ちなみに、「銀河鉄道の夜」の星座早見を用いた読解については、ココを参照してくれ。

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禁句

K妻はエアロビクスのインストラクターだが、専門はマタニティビクスとベビービクスである。
昨日のレッスン後の一コマ。

「お疲れさまー」(K妻はいつも全員に笑顔で声をかける)
「お疲れさまー」(生徒A)
「お疲れさまー、あー、何箇月ですか?」(K妻)
「え?」(生徒B)
「24週くらいかなー」
「・・・」
「あれ?」
「妊娠・・・してないのよね、あたし」

和気藹藹としたエアロの後の風景であった。(実話です)

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睡眠

週末は久しぶりに鎌倉に戻って静養。
土曜も日曜も、ほとんど一日中寝ていた。
眠くて眠くて、どうしようもなかったのである。

愛猫のカロアは老猫となったが、いまだ健在で、私が行くと喜んで胸の上に乗ってくる。(私はそのために床に仰向けになるのである)

本日はK妻と外で落ち合って病院に行く。

うーん、眠い・・・。なんで、こんなに眠いんだろう?

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業務連絡

朝日カルチャーセンターの「ホーキング」の講座ですが、来週18日も授業があります!
一週おきだとばかり思っていましたが、今回だけ三週連続となります。

私も来週はないものとばかり思っておりました。

どうか、お気をつけください。

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ジーザス・ジョーク

鎌倉猫神亭で静養中。
周三郎が「ジーザス・ジョーク」なるものを披露して大笑いした。

・その1

イエズス様が散歩をしていると天国の門で入門希望者の審査をしていた聖パウロに呼び止められた。

「イエズス様、申し訳ありません」
「なんだい」
「すぐに戻って参りますので、五分ばかり、ここをお願いできないでしょうか」
「なんだい、用事か」
「はあ」
「いいよ、見ておいてやるよ」
「ありがとうございます。すぐに戻ります」

イエズスは、長蛇の列を見て、げんなりしたが、根が真面目なので、机に陣取って審査を始めた。
(なんか、閻魔大魔王と同じだな)
ふと、そんな感想が脳裏をかすめた。

審査は二段階からなる。提出書類に不備がないかチェックしたのち、本人に直接話しかけて、面接をするのだ。
イエズスは、そつなく仕事をこなし、数名を天国と煉獄と地獄に振り分けた。
次の人物は、男性で、かなりの高齢だ。書類には問題ない。
「次!」イエズスが呼ぶと列の先頭の男が歩み出た。「職業は?」
「大工をしておりました」
イエズスは、この男をどこかで見た気がした。
「書類には子供がいたと書いてあるが」
「はい、しかし、家を出て有名人になってからは一度も会っておりません」
「その子供の特徴は?」
「手と足に穴があいております」
沈黙の時が流れた。
イエズスは、黙ったまま、席から立ち上がると、ゆっくりと老人のもとへ歩いていった。そして、老人の手をしっかと握り、震える声で言った。
「お、お父さん・・・」
老人は、しばらくの間、事情が呑み込めないようで困惑の表情を浮かべていたが、やがて、涙を流しながら叫んだ。
「ぴ、ピノキオ!」

・その2

聖ペテロが入門管理所でいつものように審査をしていると二人の男が歩み出た。一人ずつが原則なので、少しムッとしたが、面倒くさいので、二人まとめて審査することにした。
「君は?」
「へえ、あっしはバスの運転手をしておりやした」
「あんたは?」
「わたくしは神に仕える牧師でございます」
「ナルホド」
ペテロは、しばらく書類と本人たちを見比べていたが、ニヤリと笑うと、
「バス運転手は入門を許可する。牧師さんは二年ほど煉獄で修行してもらおうか」
と審査を下した。
喜び勇んで入門するバス運転手を尻目に、納得のいかない牧師が抗議を始めた。
「ペテロ様、審査に文句をつけるわけではありませんが、理由をお聞かせ願えますか?」
「なに、カンタンなこと。あんたが教会で説教するとみんな寝てしまっただろう? 話が真面目すぎたし、つまらなさすぎたんだ。だから煉獄で修行しないと天国には入(はい)れません」
「では、あのバス運転手には、どうして入門を許されたのです? こんなことを言うのはなんですが、アルコール臭かったように思いますが」
「そこなんだよ。彼が運転すると、乗客は、みんな必死になって祈り始めたんだ」

***

英語で検索すると、この同じジョークが厖大な数、ヒットする。
日本語でも読める。

オレは、たまたま、このジョークは初めてだったので大笑いしたが、検索してみると、こんなサイトがあった。
映画の辛口評論で、ジョークには二種類ある、と書いてある。
で、冗長で本人だけが面白がって、周囲が迷惑するタイプ2のジョークとして「ピノキオ」が出ているのだ。
たしかに、オレも、ロジャーの言うとおり、勝手に話を膨らませて、独り悦に入っている。
「英語を話す人は誰でもこのジョークを500回は聞かされているのに・・・話者は、相手の皮肉な笑いにも気づかない」
だってさ。

悪かったな。

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風通しの悪い会社だねぇ

東部鉄道は不祥事続きだが、今度は、泣きやまない自分の子供を運転室に入れて列車を運行した運転士が懲戒解雇とのこと。

自分のせいで父親がクビになる、という情況を幼い子は、どう受け止め、今後の人生を送っていくだろう。
メールや電話による抗議が殺到しているというが、当然だろう。

そもそも踏み切り事故で信用が失墜しているから、今回は、問題が飛び火するのを防ごうとして、重すぎる処分を発表したにちがいない。
抗議が殺到するのは、「人間の目線」で物事を見ることができなくなってしまった硬直化した経営陣への批判なのであり、世の中の大部分の人は、そこに胡散臭さと狡さを感じ取る。(2日間で1500通の意見が寄せられ、解雇に賛成だったのはわずか100通だった)

硬直化した組織に欠けているのは、常に「人間として行動する」という姿勢だ。
そういう態度こそが「安全」を支えているのに。

社内では、これまで、繰り返し、安全面の問題などが指摘されてきたはずなのだ。
社会からの猛烈な抗議に全く耳を傾けない頑なな態度を見ていると、例の「風通しの悪い会社」の典型なのだろうな、と察しがつく。

もともと勤務態度に大きな問題を抱えていた運転士なら別だが、そうでないなら、減給や乗務停止などで反省してもらい、再教育のうえで復帰させる、というのが妥当な処分ではないのか。

実に胸くそ悪いニュースである。

***

似たような話だが、日航のミスの連続について、現場の人から話を聴く機会があった。
ようするに合併に伴う(広い意味での)「システム統合」がうまくいかなくなって現場が大混乱に陥ったのだという。

事故の多くは、一所懸命仕事をしている現場の人々ではなく、「風通しの悪い」あるいは「機能麻痺に陥った」組織全体の病理として発生することが多い。

トラック運転手の事故の背景には、睡眠が取れない無理なスケジュールで荷物を運ばせた会社がある。
医療ミスを犯した研修医や看護士の場合も、超過密な労働を強いた病院の体制がある。

この国は、システム全体の問題を一個人にすべて押し付けて、問題をごまかそうとする精神が蔓延している。

***

今回の東部鉄道の態度には、それが如実にあらわれている。
みんな、そう感じるから、これだけ抗議が殺到しているのだろう。

少しは外部の意見に耳を傾けてみたらどうか。

本当に嫌なニュースである。

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LRAD

今週の面白ニュースは、やはり、アメリカの豪華客船がソマリア沖で海賊を撃退した事件だろう。

このLRADという兵器は凄いの一言に尽きる。
人は殺傷せず、不快感を味わわせて撤退を余儀なくさせるというのだから。
いったい、どれくらい不快なのか、一度、自分で試してみたいものだ。
日本にはないんだろうなー。

前にミステリーのネタで使った低周波兵器のことを思い出した。
7ヘルツという低周波で、人間の内蔵と共鳴するやつ。(リンクの3番目の項目を見よ。兵器としては弱点だらけなので、軍事用として実用化するのは無意味だが、密室殺人なら充分に使えるということだ)

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スケジュール調整無理

電話だ。

前に関西クローズアップという番組に出て科学ジャーナリストの立場でコメントしたことがあったのだが、ふたたびの出演依頼である。
オレの解説は、意外とウケが良かったのだという。
K妻に注意されて、意識してゆっくりとしゃべったのが功を奏したようだ。
そうしないと、いつのまにか、周囲の人が呆気にとられるような早口となり、機関銃のごとくトテテテテとしゃべり始める癖がある。
人呼んで「音速の口」・・・じゃ、あたりまえか・・・「光速の口」。
でも、意識してゆっくりしゃべれば大丈夫だ。

「日取りが11月××日なのですが、午後一杯で収録というスケジュールで大丈夫でしょうか」
「一応、確認してみますが、おそらく大丈夫ですよ。一件か二件、打ち合わせが入っていても、そちらの日取りを変更してもらいますから」

スケジュール帳をチェックしたオレは、一瞬、我が目を疑った。
え?
額を一筋の汗が流れた。
しばしの沈黙。

「いかがでしょう?」
「あー・・・その日は駄目ですわ」
「は?」
「それがですねぇ、その日に限って・・・嘘だと思われるかもしれませんが・・・十名ほどの人と会うことになっていて、もう二週間を切っているので、さすがに変更できません」

うーん、せっかく、久しぶりに関西方面に出張できると思ったのに!
京都に寄って秋の紅葉を見たかったんだよ。
ものすごーく。

動機が不純だから神様が意地悪したのだと思う。がふっ。←顔面が机にめり込む擬音

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ボク

タリウム事件で被疑者の女子高生が日記に「僕」という表現を使っているが、たいていの場合、女性が一人称で「僕」と使っても、書いたのが女性であることがわかる。
三人称の小説などでも、女性がつくった男性キャラは、どうみても現実には存在しない男性であることが多い。

「僕」という表現が女性キャラとの不整合を見せるのだと思う。

逆もまたしかり。
男性作家の描く女性像ほど、非現実的な女性キャラクターになる傾向がある。←K妻らによる指摘

結局、男性も女性も、異性の本当のところはわからない、ということか。

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逃げる

NYタイムズ紙は、漏洩問題の渦中にあったミラー記者をクビにした。
読者からすると、マスコミが情報源を(収監されても)明かさないというのは、職業倫理上、大問題に映る。
もちろん、明かさないことが倫理にかなうのである。

職業倫理のほうが法律に優先するはずもないから、逮捕されてしまうわけだが、それでも口を割らないところには、職のために命を懸けている姿があり、私は共感する。

だが、組織というものは、組織防衛が第一だから、一記者を最後まで守り通せることは稀だ。
NYタイムズともあろうものが、紙面で記者の不手際を非難した上で、自主退社に追い込んでしまった。
私の目には、そのやり方が汚いものに映った。
「逃げ」に映った。

あくまでも個人的な感想である。

***

私は「逃げる」奴が嫌いだ。
誰でも逃げたいし、大勢で固まって逃げれば安全なわけだが、職業倫理や友情や義理といった「心」の奥底に潜むものを犠牲にして、自分が助かりたいために、人は「逃げる」。

***

私の場合は、逃げた人を追いかけて追求することはしないが、心の中では、見捨ててしまう。

たまに、そんな自分が怖くなることもある。

でも、そうしないと、一匹狼は生きてゆくことができないからな・・・。

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原子力

そういえば、原子力のシンポジウムでの発言内容については、まだ書いていなかった。
いずれ、「原子力文化」に掲載されると思うが、基本的なスタンスだけまとめておきたい。
シンポジウム後、ある新聞社の科学部の人とのやりとりで送った文面があるので、まず、それをお読みください。

環境派を自認する私が、どうして、同時に原子力推進派とみなされるのか、少しは理由がわかっていただけるはずです。

***

私は、昨日のシンポで、高速増殖炉の実用化が2050年を目標においている理由を訊ねてみたのですが、もっと早く実用化しようと思えばできる、という答えが山名教授から返ってきて驚きました。
私の基本的なスタンスは、高速増殖炉は断念したほうがいい、というものでしたが、もしも15年で実用化できるというのなら、やってみればいいと思いました。

讀売の井川さんと山名さんでも、報道のあり方や専門家の情報の発信の仕方などについて、それなりに激論(?)になっていて、興味深かったです。

クリーンなエネルギーの具体例としては、核融合は含まれるのでしょうか。それとも風力発電や太陽光発電のようなものに限定されるのでしょうか。たとえば風力発電の場合、以前、東京電力から、「原発一基分の発電をするのに、風力発電だと山手線内が発電設備で一杯になる」という資料をもらいましたが、その見積りは本当でしょうか?

ここにきて、中国がエネルギーを使い始めただけで石油価格が高騰する、という現実的な問題が浮上していますね。
エネルギーが足りないと経済が悪化し、すると治安が悪化するのは、人間社会の必然だと考えています。
私が危惧するのは、クリーンなエネルギーが足りないエネルギーをまかなえない場合、結局は、巡り巡って、大勢の人が死ぬ、という可能性です。
ようするに、原子力にせよ、風力などの代替エネルギーなどにせよ、「思想」から入ると、議論が抽象的になってしまい、危険だと考えているのです。

ただ、エネルギー源の多様化はシステム論的にも絶対に必要だと思います。

***

原子力の問題以上に、そもそも、エネルギー問題こそが日本の存亡に直結している。
そういう現状認識をもっている人がどれくらいいるでしょうか。

消費税の値上げ問題と国の財政赤字の問題に構図が似ていると感じるのは私だけでしょうか。

高速増殖炉の実用化は、15年くらいを目標にするのが一番いいと思っています。
45年では、「本当は実用化などできないのに、予算だけもらって組織を続けたいだけではないか」と、道路建設と同じ構図ではないかと疑われてしまうでしょう。
本当に実用化する自信があるのなら、はっきりと宣言して、死ぬ気で開発すべきでしょう。
エネルギー問題が根本的に解決される技術であることは事実なのですから。

ただし、フランスのように電力の80%を原子力、というのは、多様性が欠如しており、危険だと思います。
常に多様なエネルギー源を確保しておかないと。

***

以上の議論では、そもそもの原発の危険性、特にプルトニウムの問題は触れていません。
何が安全で何がそうでないか。
核融合なら安全なのか。
高速増殖炉のナトリウムが危険なのか。

工学上の「安全」の問題については、山名教授が、かなりの時間を割いて熱弁を振るっていらっしゃいました。
こういった問題に関心がある方は、是非、「原子力文化」に掲載されるシンポジウムの内容をご覧ください。

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取材

K高校一年のMさんが横浜まで取材に。
前に書いたが総合社会のレポートに必要なのだそうだ。
ダイヤモンド街の行きつけの喫茶店で二時間ほど話をした。
いずれ、ここに掲載させてもらうかもしれません。(お愉しみに)

Mさんのお父さんはインド哲学の専門家で、最近、「ヒンドゥー教の事典」(東京堂出版)という本を共著で出されたのだそうだ。
お母さんはピアニストで、来週の金曜日には、横浜合唱研究会の記念コンサートでピアノを弾かれるそうだ。(於 横浜みなとみらいホール)

***

昨日は光文社のKさん来訪。
テープ録りの三回目。
ようやく恰好がついてきた。
この本は来年初頭刊予定。内容は秘密です。
乞う御期待。

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本日の体験談

喉が渇いて、自動販売機で缶コーラを買った。
プシュっと開けて喉に流し込もうとしたが、なにも出てこない。
覗いてみるとコーラと同じ色をした固形物が詰まっている。
「ふざけるな」
怒髪天を衝く。

そこで終わらないで、缶切りで開けて、皿に出して、ナイフとフォークで切って、口に入れてみたら、美味いビフテキじゃった。

そんな夢を見た。

夢解釈:
自動販売機=本屋さん
コーラの缶=本
中が冷たいコーラ=ベストセラーの本の中身
中がビフテキ=ロングセラーの本の中身

つまり、コーラを呑みたい読者に中身の詰まった本を与えると怒髪天になる、というような悪夢らしい。

***

オレはベッドでうたた寝をしている。
隣ではK妻が「ソフィーの世界」を読んでいる。(ベッドで本を読むのがK妻の習慣だ)
気がつくと、足下から小学低学年くらいの女の子が近づいてきて、いきなりオレの足をくすぐり始めた。
「あ、やめて」
オレが叫ぶと、女の子は、ニヤリと笑って、ベッドにはい上がってきて、今度はオレの上に馬乗りになって、オレの口や鼻に指を突っ込んで玩び始めた。
「や、やめ!」
隣のK妻のほうを向いて、助けてくれ、と言おうとしたら、口がしびれて言葉にならない。
ふたたび女の子はオレの足をくすぐり始めた。
足をバタバタさせて、言葉にならない言葉を発しているオレをK妻がしげしげと見つめている。

時計盤に目をやると、なぜか、漫画のブタの絵になっている。
もう一度、目を凝らしたが、やはりバッグスバニーの漫画のブタだ。
しつこく、もう一度見ると、今度はふつうの時計に戻っていた。

***

あまりにもはっきりとした白昼夢だったので、なんだか気持ち悪い。
「なんで助けてくれなかったんだよ」(オレ)
「だって、あたしには見えないんだもの」(K妻)
「なんだったんだ、あれは」
「いつものななめ坊やじゃなかったの?」
「女の子だった」
「変装してたんじゃないの」
「幽霊が変装なんかするか」

家の前の「ななめ坊やの桜」だけが真っ赤に紅葉している。

空を見上げると、真っ赤な火星が一際明るく輝いている。

白昼堂々、オレを襲った謎の女の子の正体やいかに。
(真相が判明したら報告します)

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熱海・箱根の問題

熱海と箱根が、長年のライバル関係に終止符を打ち、共同戦線でお客さん獲得に動き始めた、というニュースをNHKでやっていた。

熱海も箱根も、むかしは頻繁に訪れていた。
今は行かなくなった。

熱海も広告代理店を使って「ロマン」と銘打ってみたり、箱根も星の王子さまの美術館などで工夫を凝らしているが、客足は戻ってこないようだ。

個人的に熱海と箱根に行かなくなってしまった理由は単純だ。
嫌な思いをした。
それだけである。
人が悪かったのである。

熱海では、たとえば、タクシーに乗って駅に向かう途中、K妻が珈琲を飲みたくなった、と言ったので、
「運転手さん、申し訳ないけど、駅の手前でどこかいい喫茶店があったら止めてください」
と要望したところ、いかにも面倒くさそうに、
「もうすぐ駅だから、その近くにいくらでもあるよ」
という答えが返ってきて、こちらの要望は無視して駅につけた。
観光地のタクシーにあるまじき不親切で、それ以来、二度と熱海になんか行くものか、と思ったのである。

箱根では、谷をケーブルカーで降りる、珍しい旅館があるということで、友人数名で行ってみようと思い、予約の電話を入れたら、番頭さんらしき人が出てきた。人数が確定していなかったので、
「4名になるか5名になるかわからないので、とりあえず4名で予約・・・」
「とりあえずじゃ困るんですよ」
やはり、いかにも面倒くさそうな受け答えだった。
「わかりました。じゃあ、いいです」
そう言って電話を切ったが、それきり、箱根には行かなくなった。

わざわざお金を出して遠隔地に出かけるのは、現地の人に嫌な目に遭わされるためではない。
客足が遠のいている観光地に共通しているのは、「お客様をもてなす心遣い」なのだ。
本当に歓待する心さえあれば、自然と食事もよくなるし、掃除も行き届くだろうし、設備もよくなる。

ひとえに「もてなす心」がなくなったから、お客さんは、別のところに行くようになったのである。

***

というわけで、接客業の鉄則。
お客さんから要望があったら、「面倒くさい、マニュアルにありません、できません」ではなく、「わかりました、御要望に添えるよう工夫してみます」と答えてもらいたい。
それだけで客は嫌な思いをしなくてすむようになるんだから。

うーん、ふたたび熱海・箱根に足を運ぶ日は来るだろうか・・・。

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空中庭園

シンポジウムの後、隊長とショーン小山閣下と東芝ビルのクルーズ・クルーズで食事をした。
誰も知らないかもしれないが、ここは、東芝ビルであり、以前は東芝の本社機能がここにあった。
隊長も小山さんも何十年にもわたってこのビルに通っていたのだ。

「ここはむかし、阪急の食堂だったんですよ」
隊長がレストランの若い給仕に話しかけている。
「そうそう、あの上の右が中華で左に天麩羅の天一・・・か天国がありましたね」
小山さんも給仕に話しかけている。
給仕は、このレストランは10年前からあるのに、この空間に中華や天麩羅があったのは、いつのことかとでも言いたげに小首を傾げている。

「それって、いつ頃のことですか?」
私は二人に訊ねてみた。
「そう、もう、かれこれ50年になるか」
隊長が感慨深げに呟いた。
「いつも混んでた。阪急の売り子さんが、みんな、食事に来ていたし」
小山さんが遠くを見つめている。

その瞬間、私は、クルーズ・クルーズの大広間の二階に、50年前に存在した中華料理と天麩羅の店を見ていた。
そして、レストランは空いていたはずなのに、いつのまにか、大勢の人が、ひしめきあうようにして、がやがやと愉しそうに飯を食っている。
私は、ここには、今でも50年前の阪急食堂の魂が宿っているのだと気がついた。
だって、本当に見えたんだ。

***

帰り際、エレベーターに乗って、扉が閉まりかけているのに、隊長は、お辞儀をしているお店の人に向かって、必死になって、何かを伝えようとしていた。
「ここにはね、われわれの会社がね・・・」
だが、扉は閉まり、隊長は、途中で口を噤んだ。

食事の間、隊長も小山さんもやけに愉しそうだった。
遠い過去の出来事なのに、まるで、今現在起きているかのような話っぷりだった。

小山さんと隊長を見送って、夜道を歩きながら、私は、理由もわからず、涙が流れて止まらなかった。

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シンポジウム

原子力のシンポジウムは無事に終わった。

***

・控室にて1(多少、再構成しました):
「最近、お腹が出てきて困っています。妻がスポーツインストラクターだというのに」(オレ)
「山名先生は運動などなさるんですか?」(井川)
「フルマラソンをやります」(山名)
「タイムはどれくらいです」(オレ)
「三時間半くらいでしょう」(山名)

オレと井川さんのお腹が出ていて、年上の山名先生のお腹が引っ込んでいるのは、ひとえに「走るか走らないか」によるらしい。
オレのウォーキングは、風邪をこじらせて以来、中断中。

***

・トイレにて(鏡を見ながら):
「やべぇ、目の下に隈ができとるよ(溜め息)」(オレ)

三週間も風邪で調子が悪かったせいか、目の下に隈ができていた。
シンポジウムの後、隊長とショーン小山閣下と食事をしたが、
「発言はよかったが、終始眉間に皺を寄せて、目の下に隈ができて、いかにも辛そうだったぞ」(隊長)
と指摘されてしまった。
うーん、風邪のウィルスに文句言ってくれ。

***

・控室にて2(多少、再構成しました):
「本にサインお願いできますか!」(井川)
「はい、お名前も入れておきますね」(真鍋)
「あ、私にもお願いします」(山名)
「はい」(真鍋)

そーゆーことだったのか。(どーゆーことだ)

***

司会の福島さんは見事だったし、他のパネリストも立派だった。
中曽根さんは(おそらくオレが三週間苦しんだのと同じ種類の)風邪で高熱のため、急遽、お弟子さんの柳本卓司議員による代読となった。
でも、会場は、誰も帰らなかったみたいだ。

***

くどいようですが、会話は、再構成されたものです。

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更新情報

シュレ猫文章倶楽部、「冥界訪問 第六話」をアップしました。

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されどミシュラン

ミシュランといえば、義父が非破壊検査の専門家で、むかし、ミシュランと他の日本のタイヤを物理的に切らずに「輪切り画像」にして比べたことがあるそうだ。

もちろん、正式に依頼されてCTで輪切りにしたのだ。

それで、これは、誰にも口外してはいけないことらしいが(笑)、すべてのタイヤの輪切りの中で、ミシュランのものが、いちばん美しかったのだと。差は歴然としていたそうだ。

ミシュランも、本業のほうでは、三つ星タイヤなのだな。

(もちろん、輪切りが美しいということと、走行能力がいいことが同じとは限らない。そこんとこ、ヨロシク・・・)

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たかがミシュラン

ミシュランがニューヨークに進出して、物議を醸しているらしい。

ニューヨークのグルメ格付けとしては地元の「ザガット」が有名だが、そこにフランス野郎が殴り込みをかけた恰好だ。

ニューヨークには、フランス料理だけでなく、世界各地のエスニック料理が集結しており、その幅の広さはパリの比でない。移民の国ならではのユニークな食文化がある。
(東京もそうだ、と言われるかもしれないが、移民の数、特に出身地の広さは比べようもない!)

ミシュランは総スカンを喰らいそうな感じだが、なにしろ、三つ星を出した四店のうち三店までがフランス料理の店だというから、思わず笑ってしまう。日本料理は寿司店が一軒だけ二つ星をもらったそうな。
もともと、フランス料理と寿司を同じ土俵で格付けすることに問題があるわけで、日本人とは寿司の味感覚が違うであろう調査員たちが、いくら食べ歩いたって、悲惨な結果になることは目に見えている。

ザガットも同じといえば同じだが、ニューヨーカーがニューヨークの味についてあれこれ言うのと、フランス人から何か言われるのとでは、心理的な差が大きいよね。

***

先週の金曜日、オレが美味くて満足した渋谷の宮益坂の「アナトリア」にしたって、こんなに見解の差がある(笑)

http://gourmet.livedoor.com/item/400/i5972416/

***

いつかテレビで実験をやっていたけれど、素人グルメほど恐ろしいものはない。
なにしろ、目隠しをされたら、ほとんどの人がコーラとペプシの味の差も判定できないんだから。
いわゆる根拠のない自信というやつだ。

今回のニューヨークグルメ騒動は、どうやら、ミシュランの調査員の質が素人グルメと大差ないのではないか、という大いなる疑問をさらけ出したようだ。

ミシュランといえばタイヤの会社である。
同じように企業が格付けをやっているパターンにビールのギネスがある。

ギネスブック(「ギネス世界記録」が正式名称らしい)には、さまざまな世界記録が載っているけれど、半分冗談なわけで、そんなことは誰でも知っている。
ミシュランの場合、マジになりすぎて墓穴を掘ったのではあるまいか。

こういうのは、遊び心があるから面白いのであり、真面目にやっちゃあおしめえよ。

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将棋にハラハラ

将棋のアマ強豪の瀬川晶司さんが特別のプロ試験に合格して、晴れてプロ四段になったのは、われわれのような「将棋諦め組」からすると快挙であり、ふたたび将棋に注目してやろうか、という気にもなる。

将棋諦め組というのは大袈裟だが、中学の修学旅行で東北に行ったとき、帰りの夜行列車の中で「高井戸中名人戦」(笑)をやっていた憶えがある。
最後の最後で相手がもっていた歩をオレの玉(王と玉がある・・・「ぎょく」と読む)の前に置いて、ニンマリと笑った。オレは、それを見て、やはりニンマリと微笑み返した。

うーん、こういう嫌な瞬間こそが、将棋の醍醐味だねぇ。

王様は偉いから、突然、落下傘で降下してきた二等兵(=歩)で詰めることはできない。
そういうルールなのだ。
つまり、夜行列車の名人戦は、その時点で、相手に打つ手がなくなり、オレの手元には、敵の猛攻を凌ぎ凌いだ結果、山のような駒が集まっていた。
もはや、相手に勝ち目はないのである。

ずっと優勢に戦いを進めていても、急転直下、負けがわかって投了となる。

実に不思議なゲームである。

***

「兄貴はオレより馬鹿だったから東大に行った」

そんなプロ棋士の言葉に思わず納得してしまうほど将棋というゲームは奥が深い。

もっとも、瀬川さんが言っているように、世の中には大器晩成型の人だっている。一律26歳で「もうあなたはプロになれません」と切り捨てるのは問題があるだろう。
実際問題として、アマのトップがプロの四段に匹敵する力をもっていることが証明されたのだから、もう少し、アマからの「昇格」を考えてもいい。

オレなんかも、むかしは新聞や雑誌の棋譜を読んで楽しんでいたが、最近ではまったく将棋を顧みなくなっていた。
狭い世界で勝手にやってらぁ、という印象が強かったからだ。

これを機に、瀬川さんには、どんどん勝ってもらって、将棋の一般への普及に一役買ってもらいたい。

それにしても、第一局で、ガキ(失礼・・・)に負けたときには、くらーくなりかけたが、なんだか、ホッとしちゃったよ。

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通好み

書評を二つ書いて送った。

最初のほうは完全に通好みの本で、読むのに1週間かかった。
もう一冊は完全に一般向けの本で、1時間で読んでしまった。

後に残った感想や知識や感動や疑問・・・も、だいたい、読むのにかかった時間に比例している。

二冊とも、ほとんど同じ値段だが、部数は、後者のほうが数倍から(下手すると)十倍なのだろう。

ここに単行本の世界が抱える大いなる矛盾点があらわれている。

前にも書いたが、自動車だって、フェラーリもしくはジープ(あるいは大型トラック)と、ベストセラーの大衆小型車を同じ値段で売る馬鹿はいない。

本が売れないのにもいろいろ原因があるだろうが、内容に応じて、もう少し柔軟な価格設定はできないのだろうか。

***

一般向けの本の書評では、「通」の観点と「一般」の観点を分けて書いた。
この本は、ピグモンΦさんが「全然面白くない」と言っていたのだが、たしかに、オレが読んでも「読後感ゼロ」だった。なんにも残らない。
でも、ベストセラーになることが運命づけられているから、単に「面白くないから読むな」では書評はなりたたない。

ホント、難しいやね。

***

「怪盗紳士ルパン」の新訳が出ていたので本屋さんで買った。
三十年ぶりにルパンを読み返しているのだが、面白いのなんの。
もともと、泥棒好きで、映画なんぞ、片っ端から泥棒映画を観ているくらいで、高校に入ったばかりの自己紹介でも「泥棒映画が趣味です」と答えた憶えがある。

「ルパン三世」は原作も全部読んでいるが、アニメも大好きだ。(原作も読み返さないといけないな。あのエログロナンセンス調が実にいい)

そっか、オレって、探偵小説よりも泥棒小説のほうが向いているんだな。
どおりで、探偵小説がうまく書けないわけだ(笑)

とはいえ、9月に公開された映画は観損ねたので、DVDが出たら見るつもり。

うん? オレは泥棒通なのか?

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連絡事項など

一部トラックバック、新手のスパム広告らしいので削除しました。
(万が一、ちがっていたら、ご連絡ください!)

***

ここのところ、www.kaoru.toの掲示板が、完全に物理掲示板と化しておりますので、以前使っていた掲示板を復帰させて、「非物理掲示板」にしました。ご活用ください。(後援会の旧掲示板は機能的な問題があることがわかりましたので・・・)

http://6813.teacup.com/gripen/bbs

です。ヨロシク。

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更新情報

シュレ猫文章倶楽部、「冥界訪問 第五話」をアップしました。

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一日なにしてた

昨日は原宿の北野共生プロジェクトのオフィスへテープ録り(聞き手)に行った。
二時間半ほど北野さんにしゃべってもらって、ロバストネスの一般概念と生物学の事例の概要を収録。
次回は、個別の事例の詳しいことなども資料をもらって聞く予定。

その後、表参道の喫茶店で雑誌SPA!の取材を受ける。
「偶然」についての特集なのだそうだ。
8名ほどインタヴューしたらしいので、掲載スペースは60文字程度らしく、1時間ほどで終了。

渋谷方面へ歩いてゆき、宮益坂の「アナトリア」というトルコ料理の店で夕食。
ここは、かなり美味かった。
冷たいヨーグルトときゅうりのスープから始めて、お豆のサラダ、細かく切ったケバブをトマトソースとヨーグルトで味付けして、下にはパンが敷いてあるメイン、それからピザの原形なるものを辛く味付けしてもらい、最後はりんごのお茶と伸びるアイスクリームとライスプディングで締めた。

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頭の中

自分でも、つくづく性格の悪い人間だと思う。

たとえば電車の中で座っていたら、前に立っていた若い男が、ゴホゴホと咳をする。
すると、オレは、ニヤリと笑って男を見る。

(ざまあみろ)←オレ
(なんだ、このキモイおっさんは、何笑ってんだ?)←男
(ふ、いくら咳したって、オレにはうつせない。なぜなら、オレは、すでに風邪を引いてしまったからだ。きさまはオレが1週間前にしていたのと同じ咳をしている。うつせないんだよ。ざまあみろ)
(ヤバイ感じだな。目つきが変だ。次の駅で場所、移動したほうがよさそうだな)

相手が風邪を引いているからざまあみろ、というのではなく、オレにうつすことができないから、ざまあみろ、と思う。
かなり歪(いびつ)な性格だ。

(ブラック・ユーモア感覚ともいう)

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呪いのミーム

仕事で表参道に行った。
帰りに渋谷駅まで歩いていたら、途中にファースト・キッチンがあった、
ふと、20年以上前のサービス券のことを思い出した。

科哲(科学史・科学哲学分科の略)の同級生で、今は、埼玉大学にいる加地大介君が、ハンバーガーを食ったときにもらったサービス券である。

当時、われわれは学生だったわけだが、普段はいたって温厚な加地君の怒りは凄まじく、おそらく、彼の周囲にいた何十人という人が、いまだにはっきりと情況を憶えているにちがいない。

なに、何の変哲もないサービス券だったのだ。
コインでこすると銀の部分が剥げて、当たりがわかる類いの。

家でこすってみたら当たりだったので、加地君は、ファースト・キッチンに行って、それを使おうとしたのである。
すると、何を思ったか、アルバイトの店員は、それを拒絶した。
「券が少し破れていて、不正の疑いがある」

まあ、あえてハンバーガー一個のために、そのような手の込んだことをする人がどれくらいいるのかわからないが、こういう対応は、お客さんを犯罪者扱いしているわけで、加地君でなくとも腹が立つだろう。

それ以来、加地君は、二度とファースト・キッチンに足を踏み入れることはなくなった。
実をいうと、オレも、その話を聞いて以来、もう二十年以上もファースト・キッチンには入らなくなった。(それまでは区別なくファースト・フード店の一つとして入っていたのだが)

もともとサービスのために配った券のせいで、おそらく、数十人の人間の頭に「ファースト・キッチンに行くと嫌な目に遭う」というミームがばらまかれ、それが二十年以上も呪文のごとく効いているわけだ。
それどころか、オレが、こうして思い出して日記に書くことにより、その呪いのミームは、さらなる増殖を遂げる可能性もある。(ないか)

ファースト・キッチンは、加地君に20年前の不手際を詫びて、心ないアルバイト店員が蒔いた呪いのミームの種を回収すべきではないのか。

ちなみに、オレは、ファースト・フード業界とは一切、利害関係はないので、別に悪意をもって誹謗中傷する意図はない。
単に二十年前の事実を思い出して書いているだけだ。

ホント、オレの頭にも、呪いのミームがこびりついているんだよ。
あな、恐ろしや。

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夜の散歩

出過ぎた杭・・・じゃなくて、腹を引っ込めるべく、毎夜、散歩に出かけるのが日課になった。

今日は、曇りで火星も見えないねぇ。

早足で遊歩道を歩いていると、背後から人の気配が。
やがて、オレが早足で歩いているにもかかわらず、自転車を押している男と、この寒空にミニスカートの女が、オレの横を追い抜いて行った。
若い男女だが、男は、会社帰りなのか背広姿で、女のほうは、近くの家から出てきたのか寒そうな恰好をしている。
顏は見えなかった。

二人は、いつのまにかオレの前から消えた。

十分後、オレが「ツルツル滑る歩道橋」で折り返して、コンビニに寄るために公園を突っ切ろうとすると、なにやら人気が。
歩きながら目を凝らすと、なんと、さきほどの二人組が、ベンチの上で重なっている?
なぜだ?
急病で倒れたのか?
それとも・・・。

「もしもし、大丈夫ですか」
と、近づいて声をかけそうになって、オレは、凍りついた。
ま、まずい。
この二人は、ただいま、なぜか、この寒空の元、冷たいベンチの上で事に及んでいるのだった。
オレに振られた役柄は、急病人を助ける紳士ではなく、単なるノゾキのオッサンなのであった。

この瞬間、もしも、女が、「きゃあ! ノゾキよー!」と叫び声を上げて、男が、「なんだ、このジジイ!」と怒って殴りかかってきたら、オレも、「きさまら! 会社帰りにこんなところでこんなことしていていいのか! ここは外なんだぞ、おまけに今は終電も終わった夜の一時過ぎなのだぞ!」と叫んで応戦することになるだろう。すると、男は、オレの胸ぐらを掴みながら、「ジジイ! てめえこそ、こんな時間にこんなところで何してやがんだ!」と詰問するであろう。オレはすかさず答える。「夜の散歩です」。

夜の散歩?
オレの背筋を冷たいものが流れた。
そんなこと、誰も信じやしない。
やがて、公園の裏の警察署から警官がやってきて、パトカーもやってきて、みんなでオレを訊問するにちがいない。
「あんたね、夜の散歩って、自分で言っていて無理があると思わない?」
走馬灯のように予測シーンが頭を駆け巡る。

オレが必死に妄想に耽っていると、ふと、男と女がオレに気づいて、動きを止めて、オレのほうに顏を向けた。
闇にきらりと四ツ目が光った。

気がつくと、オレは、声にならぬ雄叫びを発しながら、汗だくになって走っていた。
途中で何かに躓いて転びそうになりながら、オレは、公園を駆け出ると、誰もいないタイル張りの舗道を必死に逃げていた。

オレは、ただひたすら、走り続けた。
まだ見ぬ「自由」に向かって・・・。

(ほとんど実話です(汗))

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〆切

シュレ猫文章倶楽部を(久々に)更新しました。「冥界訪問」は数回続く予定です。

***

うぉー! 〆切をまちがえていた!
1週間ほどかけて書評のための本を読んで、〆切ギリギリに間に合わせて、原稿を送ったら、なんと、「〆切は来週です」とメールが来た。
そっか、今日が文化の日で新聞の夕刊が休みだから、1週間ズレていたのだ。
担当のUさんから、前にスケジュール確認のメールをもらっていたのに、上の空なんだよ。

ま、遅れるより早いほうがいいか。

というより、また、次の本を読んでいるのだが、実は、そちらの〆切のほうが早かったのだった。

この仕事、順番をまちがえると致命傷になるから、気をつけているのだが、やっちゃったよ。

もっとも、世界物理年も最後の最後になって、面白い本が目白押しの感がある。
こういう良書を人々が本屋さんで目に留めてくれればいいのだが。

かくて、本日も、この国の科学振興のために全力投球するオレ。

***

読書に疲れたら、時間論と算数本を書く。
次のチャンスの神様があらわれるまで、じっと我慢して仕事に精進。←若く見られると、いろいろ損をするので、著者近影も太った髭男のものに差し替えた!

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前髪2

コト的世界観とは無縁の前髪掴み特訓だが、人間、背に腹は代えられないので、仕方ないだろう。

日夜、特訓は続く。
ビュッ、ビュッ、と王貞治や長嶋茂雄のごとく素振りを行なう毎日。(古っ)

そして「奴」はとうとうやってきた。今こそ、特訓の成果を出すときぞ。

ダー。ビュッ。スルリ。ダー。

「あっ」(オレ)
「どこ行ったの」(K妻)
「ううう、また取り逃がしたらしい」
「だって、ちゃんと掴んでたじゃないの」
「そうだな」

逃がした獲物は大きい。
オレは、むかしの詩人じゃないが、じっと手を見る。
そこには、特訓のせいで滲み出た汗が光っていた。

「次は、奴が来る前にタオルで掌の汗をぬぐっておくことね」
「そうだな」
「今度、いつ来るか、わからないけれど」
「そうだな」

傷心のオレは、今日も首にタオルを巻いて、ツルツル滑る歩道橋へと夜の散歩に出かける。
なんだか、寒いなぁ。

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業務連絡

後援会会員の方々から「鬼愛」と「シュレ猫探偵団」を見逃した、というメールをいくつかいただきましたので、パスワードを設定して再掲しました。
会員のみなさまは、後援会でお送りしてあったユーザー名とパスワードで閲覧できます。

会員の方で、メルアド変更などにより、最新のパスワードがおわかりでない場合は、info@kaoru.toまでお問い合わせください。

なお、これは新手の会員勧誘作戦ではありません。
(小説を二つ読むためだけだと後援会の入会金は高く設定しすぎていて詐欺っぽくなってしまいますから!)

もともと短期公開で終わりにする、という方針で一般公開した作品です。
ただ、後援会の会員であるにもかかわらず「読めなかった」というのは不合理なので、その状態を解消するための措置です。
なにとぞ、ご理解をたまわりたく。

***

なお、後援会サイトのコンテンツは、一部、移行が困難なため、中途半端かもしれませんが、完全ブログ化はせずに、折衷でいくことにしました。
近々、変更される予定です。

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小さな世界

「ねぇ、パパ、今度のおうち、とても暖かくて居心地いいね」
「うん、そうだな。偶然見つけたのだが、食料も当分は持ちそうだしな」
「前にテレビでチョコレートのおうちを見たことがあるけれど、本当に壁が食べ物でできているおうちってあったんだね。本当によかったね」
「ちゃんと食べておきなさいよ」
「はーい」

***

「けっ、こんなうち、いますぐ、おんでてやらぁ」
「ああ、この親不孝もんめが、もう帰ってこなくていい!」
「バカヤロー、このおいぼれのケチじじい!」
「出てけ!」

数分後、少年は、悪態をつきながら川べりを歩いていた。気がつくと目の前にひっくり返ったカップラーメンの容器が転がっている。汁が出ているところを見ると、誰かが食べかけを棄てたようだ。

「けっ、くそ面白くもねえ!」

少年は、自慢のサッカーの足技を繰り出して、そのカップを蹴り上げた。
カップは美しい抛物線を描いて、そのまま川に落ちて、流れていった。

「あれ? 今、悲鳴が聞こえたような気がしたけれど・・・気のせいか・・・ふ、なんだか、急にむしゃくしゃする気分が失せたな・・・」

禍福はあざなえる縄のごとし。
虫の親子は溺れて死んだ。
少年は、虫の親子のささやかな幸せと引き換えに、しばしの心の安寧を手に入れた。

***

よくある話ですなぁ。
月並みなストーリー構成ですみません。
今日はブラックな気分なので、即興で書いてみました。

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ポストモダンの歩道橋

ウチの前の遊歩道を横浜方面に歩いてゆくと、途中に大きな歩道橋がある。その歩道橋はバブル期にでもつくられたのか、豪華なタイル張りになっている。

雨の日にその歩道橋を歩こうとすると、かなり気をつけていても足を滑らして転倒直前までいくことがしばしば。

見た目に美しい歩道橋のタイルは水の被膜をもらって凶器と化する。

オレは、いつも、そこで滑りそうになるたびに、ポストモダンの読書術を思い浮かべる。(職業だからな)

両者とも、本来は、「安全に道路を横断する」とか「筆者のいわんとするところを正確に理解する」という基本があって、でも、次のレベルとして、「デザインを崩してみる」とか「好きな解釈で読書の快楽に浸る」というポストモダン的な行為が来るべきなのだ。

でも、たいていの場合、本来の機能や目的が忘れ去られ、危険なデザインや好き勝手だけの解釈が独り歩きを始める。

雨で滑りそうになって腹が立つたびに、頭に読書のポストモダンが思い浮かぶなんてのは、変人以外の何者でもないが、オレは、ツルツル滑る美しいタイルに毒づきながら、そんなことばかり考えている。

***

それはそうと、今、獣医さんの書いた本を読んでいるんだけれど、猫の目って静止画が二重にぼやけて見えるのだそうだ。
そのかわり、動体視力は凄くいいから、動く物はよく見えるんだって。

いや、特にオチがあるわけではなく、それだけのことだが。

***

他人からバンバン悪口言われているので、オレも、平気で他人の悪口を言うことにしている。
印刷媒体じゃあ、本音は語れないが、ネットには、まだまだ、そういう自由がある。
もちろん、悪口を書かれればオレも腹が立つけれど、根拠のない誹謗中傷以外は、表現の自由の範囲内だろう。

村上・三木谷両氏はネットでもすこぶる評判を落としたようだが、オレと同じ世代で、目立ち始める年齢だから、認知度に比例して悪口が増えるのも数学法則なのかもしれない。

テレビで傲慢な感じが強くでていたので、片山さつきの悪口を書こうかと思ったら、同級生のF君からのメールで、高校の一年先輩であることが判明。
うーん、オレは、仕事上、高校や大学のコネが役立ったことはこれまでに一度もないので、別にかまわないっちゃあかまわないんだけれど、一年先輩とわかると、さすがに歯切れが悪くなるよな。つまり、馬術部の一年上の先輩たちの同級生である可能性が高いということだろ。

はからずも、人間社会のネットワークに組み込まれて、自ら表現の自由を放棄しようとしているオレを発見。

片山さつきさん(←いきなり「さん」付けだ)は、記者に向かって「あたしはこの道のプロなんだから、いまさらあなたたちに言われなくてもわかってるわよ」という意味のことを言い放っていたシーンが放映されて、かなりイメージがダウンした。
テレビ画面では、ちゃんと敬語を使ってもらわないと、まるで視聴者が叱責されているみたいで、好感度がぐっと下がるんじゃないのか。

ダメだ、今日は毒舌も冴えを見せん・・・ゴホゴホ。

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ツルツルの後頭部

人生には何度か「ここ一番」というチャンスが巡ってくる。
そういうチャンスをきちんとものにする人と、取り逃がす人がいる。
チャンスの神様には前髪しかないから、こちらに向かってくる寸前に掴まないと、ツルツルの後頭部を手で撫でるだけだ、という話があるけれど、たしかに、「あ、もうツルツルだ」と感じる瞬間ってあるよね(笑)

ここのところ、チャンスというチャンスは巡ってこないが、次回、チャンスの神様がやってきたとき、オレはしっかりと前髪を掴むことができるだろうか。
それとも、また、ツルツルの後頭部を虚しく撫でるはめに陥るのか。

オレは、今、日夜、「集中! 集中!」と呟きながら、素早い手の動きで前髪を掴む練習を重ねている・・・。

***

結婚記念日だったので渋谷のセルリアンホテルの金田中草でK妻と食事をした。
金田中は高い料亭だが、「草」が付くと安くてカジュアルな創作和食になる。
サービスも味もグッドであった。

K妻は終始元気がなく、貧血も酷いので、ちょっと心配である。
早くよくなってくれればいいが。

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