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悪夢と仕事

誰の心の奥底にも恐怖の二文字が隠れている。
それは動物的な恐怖のこともあるが、過去の体験がなんらかの形で封印されていることもある。

今、悪夢を見て目が覚めてしまったので、この日記を書いているのだが、それはこんな映像だ。

(四角い波紋のようなもの。透明な四角形の中にたくさんの四角形が入れ子になっている。四角形は途中で切れたり消えたりしながら脈打っている)

夢の中で、オレは、この映像の意味を知っている。それは、今現在、オレのからだの・・・おそらく下腹部あたりで増殖しつつある癌細胞なのだ。もちろん、オレのからだは、すでにそれを察知しているから、そいつらを殺すために細胞レベルでの化学戦争が開始されている。

それは、生物学の教科書で見るような癌細胞とは似ても似つかない。だが、それこそが、オレの身体が感じて「見ている」癌細胞の活動なのだ。

オレは、いつも、この癌細胞の悪夢に悩まされるが、それは、幼いころオレをかわいがってくれた「おばあちゃま」と「おばちゃま」が二人とも癌で亡くなったことと無関係ではあるまい。
一家の大黒柱が早死にしたあと、貧乏で近所のお手伝いさんをやって二人の子供を育てたおばあちゃまと、やはり、大学進学を断念して教員試験を受けて小学校の先生になって弟を大学に進学させたおばちゃまは、人生に苦労しすぎたのか、あまり長生きできなかった。
弟というのは、もちろん隊長(=くどいようだがオレの父親のこと)である。

おばあちゃまもおばちゃまもオレの母親と折り合いが悪く、子供だったオレは、いつも苦しい思いをしていた。
今でも、身近な人が喧嘩をしていると、凄く哀しくなる。

オレは癌になることは怖くない。癌で死ぬことも怖くない。おそらくオレの宗教心が「存在しなくなること」の恐怖をうまく和らげてくれているからだろう。死後の世界を予感することにより、今現在の生活が楽になるのであれば、その(科学的根拠のない)仮定は人生を豊かにしてくれる。

オレがいちばん恐れるのは、自分ではなく、自分に身近な人や動物が病気で苦しんだり死んだりすることだ。そういう事態に直面するたびに、オレは、自分が代わってあげたいと思う。もちろん、それは神ならぬ身には許されないことだ。

***

ソニーコンピュータサイエンス研究所で茂木の同僚(というか副所長)の北野さんの本を作ることになった。
オレが企画をたてて、オレが聞き手だ。
オレの潜在的な恐怖と憎悪の対象である癌を退治する新しい治療法を北野さんは提唱している。それは、ある意味、物理学からシステム学に転じた人物でないと思いつかないような原理的な発想だ。

オレは、自分が生きている間に、癌の治療法が確立して、存命率が飛躍的にアップする場面を目撃したいのだ。

北野さんの仮説は、ネイチャーのような雑誌には特集やエッセイの形で載ることが多いが、残念ながら一般の目に触れることはほとんどない。
この仮説は、システムの一般論から始まっているので、癌だけでなく、社会組織(会社組織)にも適用できる。
ダーウィンの進化論以外に生物学には「原理」がないといわれるが、北野さんの目指すところは大きい。

今月末から集中的にテープ録りをして、オレが全力で文章にする。

***

悪夢の話から仕事の話になったが、オレは、いつも「死」を意識して仕事をしている。
(だから金が儲からないんだ。金はあの世に持って行かれないからな。出世や肩書きも同じ(笑))

マクスウェルの「電気論の初歩」は、社長がいい本を出さなくなったことに抗議して、さる有名出版社を辞めて自力で出版社を立ち上げた人物からの依頼で引き受けた翻訳だが、癌の悪夢とは反対の予感がした。
(もしかしたら、この翻訳は、オレが死んだ後に残る数少ない本の一冊になるかもしれない・・・)
本好きのオレは、できればいつまでもオレが関わった本がこの世に残ってほしいと考えている。
もちろん、残らないであろう本がほとんどだが。
オレは金にも肩書きにも恵まれないけれど、いつも本の仕事をしていて楽しい。
この国の文化を下支えしている、という自負がある。
世の中の偉い人たちからは全くといっていいほど評価されないが、オレは、自分で自分の仕事に「誇り」をもって生きている。
雑学本の体裁をとっていても、中身に、豪華装幀本や学術本に負けない奥行きをもたせることは可能なんだからな。
それはほんの少数の読者にしか伝わらないが、少しでも伝わったときの嬉しさは格別の味がする。

オレは本好き以外、なんの能もない人間なので、これからも末長く本とかかわっていきたいねぇ。

てなわけで、悪夢で目が覚めたわりには、なぜか機嫌がいいぜ。

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