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小さな世界

そういえば、村上世彰という話題の人だが、1983年に法学部を卒業しているということは、1979年に文科一類に入学しているのだろうか。
だとすると、オレと同級生ということになるぜ(笑)

東大の場合、入学時には全員が教養学部に属していて、受験のときに文一から理三まで数字で分類されるのだ。
そして、それぞれの数字には、専門学部への進学の際の条件がついていて、たとえば、

文一→法学部
文二→経済学部
文三→文学部

という進学の場合、成績が落第点でなければ、無条件に進むことができる。文二から法学部に進む道も開かれているが、その場合は、人数制限があって、成績の良い順に数名だけ認められるのだ。

ようするに、大学受験のときに、将来の進路を見据えて、偏差値とやらと相談しながら受験する科類を決めるわけだ。

文一は入学定員が600名くらいだったはずで、巨大な講堂での授業と、クラス別の語学の授業などがあった。

そうやって二年までは「文二」とか「理一」というような分類になっていて、キャンパスも駒場なのだが、三年からは本郷に移って経済学部とか理学部という専門学部に属するようになる。

昔はね。今はどうなってんだか。

で、オレは三年になっても駒場にいた。なぜなら、法学部に進学せずに教養学部に進むことに決めたからだ。そういう選択をする人間は非常に少なくて、周囲からは変人扱いされる。その上、一度大学を卒業してから、今度は理学部物理学科の三年生に学士入学をしたので、結果的に「文一から物理学科に進んだ」ことになって、本来はありえない進路だから、周囲からは本当に頭がおかしいと思われていた。

実をいえば、二歳年下の茂木健一郎は、理一から(まともに)物理学科に進学してきていて、そこでオレと出会ったのだ。
その後、茂木は、物理学科を卒業してから、学士入学で法学部に行ったから、結果的に「理一から法学部に進んだ」ことになって、見事、変人の仲間入りを果たしたのだった。

別にどうでもいいことなんだけど、なんだか、奇妙な縁みたいなものを感じたので書いてみた。

奇妙な縁といえば、山形浩生という人が、ニューヨークの同じ小学校に通っていた、というのにも驚いた覚えがある。当時はニューヨーク在住の邦人は凄く少なかったのに、その人の本をオレがたまたま書評で紹介していたんだから。もちろん、小学校が同じなんて知らずにだ。

ええと、これって、ようするに「小さな世界」のネットワークという奴でしょうか。だとしたら、数学的には、あたりまえの話なのかもしれんな・・・。

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