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理系にだって教養はある

マクスウェルの翻訳をやっている。

天才ファインマンをして、
「人類の歴史という長い眼から、たとえば今から1万年後の世界から眺めたら、19世紀の一番顕著な事件がマクスウェルによる電磁気法則の発見であったと判断されることはほとんど間違いない」(「ファインマン物理学」日本語版第2巻より)
といわしめた御仁である。

携帯電話が使えるのもテレビが見られるのもマクスウェル先生のおかげなのに、現代人のほとんどは、マクスウェルがどんな人物であったかも、何をしたのかも知らない。(この日記の読者は例外だろうが!)

正直な話、初めて翻訳の打診を受けたとき、「読む人、いるのか?」という素朴な不安が脳裏をよぎった。
いまさら、19世紀の古い科学書なんて読んで何になる。
科学は日々進展しているのだから、現代の教科書を読んだほうがずっとためになる・・・いや、お恥ずかしい。そんなことを考えてしまった。

ところが、原書を目にして、オレはかなりの衝撃を受けた。
それは、マクスウェルの「電気論の初歩」という本の内容が、大学の教養レベルの電磁気学の授業と驚くほど似ていたからだ。
電気影像法による解法も現代の教科書と同じように出ている!

もちろん、話は逆なわけ。
マクスウェルの古典を読んだ次世代の物理学者が教科書を書いて、その教科書をさらに次世代の物理学者が読んで・・・そうやって現代にまでマクスウェルの「ミーム」がコピーされ続けてきたんだよ。

オレは、世界中で出版されている大学レベルの電磁気学の教科書の「オリジナル」を目にして、なんだか背筋がゾッとした。

「文学には古典の素養が必要だが、科学には必要ない」という思い込みを自ら反省中。

いまさらながら、「オリジナル」の凄さを味わいつつ、かなり楽しく翻訳ができた。
電磁気の「精神」というか「神髄」に触れた気がする。

理系の大学教育でも、こういうすばらしい古典を(一部でいいから)講読する授業があってもいいんじゃないのか。
それが真の教養ってものだろう。

ま、科学史の授業さえ必修でない理系教育の現状からすると、ありえない話だろうが・・・。

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