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物象化

物象化ってなんだろう。

物象化は、精神が物欲に支配された状態だ。その際の「モノ」とはおもちゃや自動車やお金に始まって、人間や世間での肩書きのようなものまで含まれる。

ようするに対象を「モノ」とみなして、それを手に入れることに邁進する姿が物象化された人間の特徴だ。

物象化された人間の対極にいるのが(真の意味での)宗教家であり、悟りの境地とか、色即是空というような精神状態が特色だ。

もともと物欲に邁進して、私利私欲を悪いとも思わない人間は幸せなのだろうし、会社で出世して課長とか部長という肩書きをたくさん手に入れることが人生の目的と化しても、悩みはない。

問題となるのが、アウトサイダー的な色彩を帯びた人格の持ち主たちだ。
彼らは、ようするに社会の物象化傾向と戦って、あるいは逃げているのであり、かといって、完全なる宗教家のごとく「欲」から解放されることもないから、常に中途半端な状態で苦しみ続けることになる。

哲学なんぞやっていると、どうしても物象化が目に付いてしまうから、それから逃れようとあがくことになるが、世間の大きな流れは互いに相手を「モノ」にすることなのだから、嫌でも物象化の渦に巻き込まれてしまう。

オレなんかは中途半端な人間の典型なので、強い物欲に押し流されつつ、それに支配されるのが嫌で嫌でたまらず、激しい自己嫌悪に悩まされながら生きている。
表の自分が軽蔑しているものを欲しがる裏の自分がいる。

会社に勤めるのであれば、オレの理想は、固定された部署で好きで得意な仕事をコツコツと続けながら、一生、ヒラ社員で生きていることだと思う。でも、そうなったら、同期で出世してゆく人々を目の当たりにしつつ、周囲から蔑まれているように感じてしまい、本来の仕事を忘れるほど出世への渇望がでてくるにちがいない。

会社勤めでもフリーの職業でも、抱えている問題の根っこは同じだ。

それは人間の哀しい性(さが)なのかもしれない。

よく、目的としていた「モノ」を手に入れてしまうと、急に馬鹿らしくなったりすることがあるけれど、それも、物象化という催眠術にかかっていたのが、急に醒めたのだと思えば、納得できる。

極度に物象化された現代を生き抜くのは辛い。

「なあ、軍曹」(少佐)
「・・・」
「なあ、伍長」
「・・・」

溜め息をつきつつ少佐がトイレに入るのを見届けて。

「おい、物象化だってよ」(軍曹)
「猫には悩みがないとでも思ってんのかねぇ」(伍長)
「ご飯出すの忘れて、呑んで帰ってこないとき、猫がどんな苦難に陥っているのかわかってんのかね」
「しょせん、贅沢な悩みにすぎないんだよね」
「人間ってお気楽だね」
「少佐、早くトイレから出てきて、ご飯出してくれないかなぁ」

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